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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
三章 骨董姫と虚飾の鏡
21/40

(21)墓参り

 紅葉が積もった庭を竹箒たけぼうきで掃きつつ、私は空を眺めた。

 暦は十月に変わり、空には金色に輝く鱗雲が浮かんでいる。


(善に身請けされてもう二週間か……早いものねえ)


 ここで善や壱丸たちと暮らし始めて、私は平穏な日常のありがたさをしかと噛みしめていた。

 静かな生活にも少しずつ慣れてきて、それまでの苦しみが何十年も遠い過去のように思えてくる。


「珠希さま、向こうの枝は拾い終わりましたよ! ぼく、しっかりお仕事しました!」

「ありがとう。助かったわ、壱丸」


 仕事を終えて戻ってきた壱丸が、褒めてくれと言わんばかりに駆け寄ってくる。

 耳が伏せられて平らになった頭を撫でてあげると、壱丸はむふふーと自慢げに笑って、私の手にすり寄った。


「貴方たちもお疲れ様、もう行っていいわよ」


 私は使っていた竹箒と塵取りにも労いの言葉を声をかける。

 すると、かれらはそれまでしまっていた自分の足をひょこっと出して、物置小屋のほうへ走っていった。

 私は手を洗ってから家に入り、自由気ままに動き回るモノダマたちを避けながら自室へと向かう。


「今日のモノダマたちはのんびりしていたわねえ」

「お天気がよかったからですよ! お人形さんたちは昼間、縁側で女子会をしていたそうです!」

「あら、そうなの。そういえばあの子たち、たまに集まってお茶会してるものね」


 自室へ戻った私は、箪笥の引き出しから手のひらほどの大きさの小箱を取り出した。

 蓋を開ければ、中から美しい青色の宝石が姿を現す。

 先日、善から贈られたラピスラズリの指輪だ。


「綺麗な宝石ですよねえ。珠希さまのところへ来てから、ますますキラキラになった気がします。きっと宝石さんも嬉しいんですね!」

「だといいわね」


 私は何度かこの宝石()に声をかけたけれど、いまだに声を聞けたことがない。

 恥ずかしがり屋なのか、あえて返事をしないだけなのか分からないが、モノダマにしては珍しい、とても物静かな子だった。


(善は、この宝石は私に必要な物だって言っていたけど……付喪神はそういうのが分かるのかしら)


 不思議なことに、善にこの指輪をもらった日から、私の心はとても穏やかになった。

 時々つらいことを思い出して気分が暗くなったり、イライラしてしまったときも、

 夜空を閉じ込めたようなこの宝石を見つめていると、なぜか落ち着いてくるのだ。

 お医者さんからよく効く薬を処方してもらえた時のように、私は嬉しかった。

 私は善がしてくれたように、指輪を右手の薬指にはめ、その美しい青色にしばし見とれる。


「おうい、珠希! 戻ったぞ!」


 すると、仕事から帰ってきた善が、玄関から私に声をかけてくる。

 私は「はあい」と返事をし、足早に玄関に向かった。


「おう、今日はその着物にしたのか。紫も似合うじゃねェか」

「ありがとう。紫はお母様が好きな色だったから、今日着るのがいいと思って」

「そうかィ。……お、ちょうどタクシーも来たみたいだな。そんじゃ、このまま行くかァ」

「ええ」

「お二人とも、行ってらっしゃいませ!」


  

 日が片足をつけた夕暮れ時――タクシーに乗ってやってきたのは、私の実家の近くに昔から建っているお寺だ。

 私は素早く目的を果たすべく、お寺の境内を通り抜け、まっすぐ墓地へと向かう。


「お父様、お母様。お久しぶりです」


 私は両親の名前が刻まれた墓を見つけると、二人が好きだったお酒をお供えして手を合わせた。


「長い間お墓参りができなくて、本当にごめんなさい」


 叔父夫婦にこき使われていた時は屋敷から出られないようにされていたし、

 遊郭に売り飛ばされてからはずっと桜花郷から出られなかったので、

 私は両親の葬儀の後、一度もお墓参りができずにいた。


「もう十四年も経ってしまったのね……私、本当に親不孝者だわ」

「墓参りできなかったのはアンタのせいじゃねェんだ、親御さんなら許してくれるだろうよ」


 確かに善の言うとおり、私の両親の性格なら許してくれるだろう。

 あの人たちは決して理不尽な怒り方をしない人たちだったから。

 しかし、だとしても……両親は今の私を見てどう感じただろう。

 財閥令嬢から使用人になり、使用人から遊女になり、落ちるところまで落ちてしまった――そんな自分たちの娘を前にして、何を思ったのだろう。


(きっと悲しんでいるでしょうね……善にすくい上げてもらったとはいえ、ここまで落ちぶれてしまったんだもの)


 二人にとっての唯一の娘が、こんな有様になってしまったのだ。

 私は愛してくれた二人に対して、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「……珠希の親御さんは確か、火事で亡くなったんだよな」

「ええ。出かけた先の別荘でね」

 

 私はその日、たまたま風邪を引いて自宅にいたから、火事には巻き込まれずに済んだ。

 けれど両親の訃報を知った直後は、自分も二人と一緒にあの世へ逝けたらよかったのに、と何度も悔やんだ。

 突然両親に置いていかれてしまったのが悲しくて、寂しくて……涙がずっと止まらなかった。

 

「俺も手を合わせていいか」

「ええ、もちろんよ」


 善はお墓に一歩近づくと、膝を折って静かに手を合わせた。

 しばし穏やかな沈黙が流れた後、善はゆっくりと顔を上げる。

 ……彼は手を合わせながら、なにを両親に伝えてくれたのだろうか。

 そんなことを考えつつ、ふと空を見ると、太陽はもう地平線に沈みかけていた。

 

「……タクシーも待ってくれているし、そろそろ帰らないとね。両親には申し訳ないけれど……」

「まったくだ。もっとゆっくり時間が取れりゃよかったんだがなァ」


 善もゆるりと立ち上がりながら、悩ましげに言う。

 本当ならば昼間に来てゆったりと両親に近況を報告したかったのだけど、

 この近くの実家には叔父夫婦と麗華が移り住んでいる。

 迂闊(うかつ)に近辺を歩いては彼らに遭遇してしまう危険もあったので、人気の少ない夕暮れ時を狙って訪れるしかなかったのだ。


「……ん?」


 来た道を戻ろうとしたところで、善が何かに反応する。

 少し遅れて、革靴のようなコツコツという足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。

 まさか叔父たちではないだろうかと私は身構えるが、走ってくる人影を見て、明らかに違うと分かった。


「……暁斗さん! どうしてここに?」 

「ああ、やっぱり! 善一さん、奥さん、探していたんです!」


 薄暗い景色の向こうから全速力で走ってきたのは、暁斗さんだった。

 相当長い距離を走ってきたのか、呼吸がぜい、ぜい、と変な音を立てている。

 表情もなんだか苦しそうだ。


「お願いです、奥さん! 助けてほしいんです!」

「え? 私に、ですか?」


 暁斗さんは足を止めるなり、私に向かって腰を直角に曲げ、頭を下げた。

 あまりにも切迫した様子の彼に、私はつい驚いて後ずさりしてしまう。


「あー、暁斗? 俺じゃなくて、珠希に用事なのかィ?」

「はい……奥さんにどうしても、お願いしたいことが……」

 

 色々と察したらしい善は、苦しそうな暁斗さんの肩を抱いて支えつつ、タクシーのほうへ歩き出す。


「とりあえず、暁斗。墓場でたむろすんのもなんだし、一旦俺の家に来な。話はそれから聞くからよ」


 確かに、ここでこのまま会話するのは好ましくない。

 人気のない墓地とはいえ、誰が会話を聞いているかも分からないのだ。

 善ではなく、私に助けてほしいことがあるとすれば──それは物の声を聞く力に関することのはずだから。

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