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いわくつきの骨董姫【改稿版】  作者: 茶柱まちこ
三章 骨董姫と虚飾の鏡
20/40

(20)身辺調査

 平日夜の裏路地は、繁華街の喧騒をごっそり取り除いたように静かだった。

 港からは汽笛が鳴り響く中、野良猫どもはさして気にすることもなく、気ままに転がっていた。 


「よう、陶継。紅茶はお気に召したかィ?」


 再びガラリと瀬戸物屋の戸を開けると、店先にいた陶継と目が合った。

 先日対価に渡した紅茶を啜りつつ、陶継は俺をチラリと見上げた。


「今度は何を仕入れてくれたんだィ?」


 俺が尋ねると、陶継は陶器のマグカップを静かに置いて、背後の棚から帳簿を取り出した。

 

「三倉珠希――あの子の一年間の消息が判った」


 途端、俺の全神経が、磁石で引き寄せられたように陶継へと向く。

 陶継は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、その内容を読み上げた。


「あの子は両親を亡くしてから一年間、統二郎夫婦とその娘に虐げられてた。

 物置き同然の離れに押し込まれて、ろくに食わされもせず、夜は冷えた寝具で震えてたらしい。

 使用人同然に扱われて、勉強も禁じられて……暴力や暴言も日常茶飯事だったそうだ」

「……やっぱりか」


 あまりにお粗末な麗華の振る舞いや、長病みの患者のような珠希の疲弊ぶりから、おおよその事情は察していたが……

 実情は俺が考えていたよりも遥かに悲惨なものだったらしい。


「八歳だった当時の珠希嬢は、物静かで大人しい娘だった。

 ただ、“時折物をじっと見つめたり、一人でぽそぽそ話しだす癖”があったせいで、周囲から気味悪がられていたらしい。

 叔母のつや子や従姉の麗華なんかは、それを理由にして嫌がらせをすることもあったそうだよ」


 珠希は誰にも助けてもらえないまま、ずっと一人ぼっちで虐めに耐えていたのだろう。

 あまりに惨たらしい仕打ちに、俺は吐き気にも似た不快感を覚えた。


「……落ち着け、善一。てめぇ、今にも人を殺めそうな目になってるぞ」

「わぁってらィ、ジジイ」


 しかし、はらわたが煮えくり返るとは、よく言ったものだ。 

 こんな耐えがたいものを腹に抱えながら、人間は生きているというのか。

 付喪神の俺など、今にも爆発してしまいそうだ。


「で、その後、珠希はどうなった」 

「“麗華に無礼を働いた”という建前で、桜花郷へ追放されたそうだよ。

 実際に何があったかまでは正確に掴めなかったが……まあ、最初からろくに養う気はなかったんだろうさ」


 俺は遊郭で聞いた珠希の言葉を思い出す。

 確か珠希は、自分もあのクズたちの“所有物”として扱われたと言っていた。

 つまり――奴らは最初から、珠希のことも金に代えるつもりだったということだ。


「もう一つ。三倉統二郎の周辺には、“表沙汰にできねェ連中”がいる」

「……ほォ?」

「表向きは警備員や運転手だが、裏では“処理屋”として名が通ってる。

 財閥の取引相手を脅す、あるいは邪魔者を“事故”に見せかけて消す――そういう筋の仕事だ」

「真っ黒じゃねェか。なら、あの“火事”も……」

「さてね。だが、火の手の上がり方が尋常じゃなかったって証言は確かに残ってる」


 店の奥の時計が、カチリと音を立てた。

 その音が、やけに長く響いて聞こえた。


「陶継。実は珠希以外にもう一人、俺の知り合いが絡んでたようなんだが」

「千代沢暁斗のことか?」

「あァ。あいつとは親父さんも含めて、付き合いがあってな。

 だからこそ、あの三倉麗華とかいうお粗末な女と、進んで婚約するとは思えねェ。

 ……何か裏があるんじゃねェのか」

「ご明察だよ」


 陶継はさらに帳簿をめくり、中身を読み上げる。

 

「お前さんも知っての通り、千代沢産業は最近、経営難に陥っている。

 そこにつけ込んだ三倉家が、資金援助をする代わりに娘を貰ってくれと声をかけたそうだ。

 千代沢社長は泣く泣くその取引を呑んだそうだよ」

「なるほど。暁斗は生贄に差し出されたってわけか」


 あるいは、暁斗が自ら生贄になることを申し出たか――あのお人好しの弟分なら、それくらいのことは言い出しかねない。

 

「これがまた笑える話でな。あのお粗末令嬢は、“千代沢の御曹司の顔が好みだから”って理由で親に泣きついたらしい」

「普通ならステータスが釣り合わなくて却下されるところだが……親は止めなかったってことだな?」

「というより、止められなかったんだろうよ。

 あの行かず後家、社交界じゃ“猿真似令嬢”なんてあだ名もついてる。

 本人はその醜聞に気づいているか知らないが、それでも親はどうにでも押し込みたいらしい。

 財閥の金を餌に取引を仕掛けたわけだ」

「なりふり構わねェって感じだな。だせェことしやがる」


 だが――ここまで来ると、却って変に遠慮する必要がなくていい。

 根元まで腐りきったクズどもが相手なら、こちらとしても気持ちよく殴り飛ばせるというものだ。


「カカッ、こいつァ楽しくなってきた。久々に暴れられそうな予感がするぜ」

「おーおー、おっかねえ顔しやがる。これだから喧嘩煙管はよ」


 陶継はそう言いながら肩をすくめるが、顔は完全に笑っている。

 俺と同じで、興が乗ってきたといったところだろう。

 

「陶継、もう少し探れ。あの豚どもを吊るしてやるつもりで動け」

「あいよ。追加の報酬を忘れんなよ」

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