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第二篇 三年の戦



 即位からの六年、王は戦をしなかった。この六年に王がしたことを、伝は三つ挙げる。川の舟手を強くしたこと、西の平原の街道を直したこと、関所の帳を都に集めたことである。舟手には舟を増やし、渡しごとに頭を置いた。街道は雨で切れる所を石で固め、荷車が冬も通れるようにした。関所の帳はそれまで関ごとに置かれ、関守が見るだけのものだったが、これを年ごとに城丘へ上げさせて、王は自ら読み、国内の税の動きをとらえ、若き頃の気づきが全土に至るものであることを把握し、民草のために改革を執り行い始めた。のちに関所を廃した考えの芽はここにあった、と伝は記す。1248年に王子コンラートが、1251年に王女イルゼが生まれた。


 1253年の芽吹きの月、サルメアとリンドガルが同盟を結んだ。川の関の収めを二国で分け、アルデンを外す取り決めである。アルデンの舟は下流のサルメアとリンドガルの関で関銭を取られ、アルデンの関で払った分は二国の関で無効とされた。川の上流を持つ国が川の収めから外されたのである。青葉の月、王は兵を出した。三十四歳だった。ここから三年のあいだ続いた戦を、伝は三年の戦と呼ぶ。


 最初の戦はハルデの渡しであった。十二年前に兄アルブレヒトが死んだ渡しである。リンドガルの将ハラルド・ヨルンは渡しの東の岸に柵を組み、そのうしろに兵を並べて、アルデンの舟が岸に着くのを待った。十二年前と同じ構えである。ところが青葉の月の終わりに雨が続き、ヨルンの兵は柵のうしろで二夜、雨の中に立ち続けた。火は焚けず、兵は濡れたまま夜明けを待ち、二夜目の明け方には柵の前に立つ者の多くが槍にもたれていた、と伝は記す。西の岸では、王が舟手の頭マルコ・ティルを呼び、舟の半分を夜のうちに上流へ回すよう命じた。ティルは雨に紛れて舟を上流の淵まで引き上げ、そこから東の岸へ渡して、兵をヨルンの柵の背後の林に上げた。残りの舟には王が自ら乗り、夜が明けると同時に渡しを渡った。柵は前から破られ、同時にうしろから破られた。ヨルンは兵をまとめて東へ退き、渡しはその日のうちにアルデンのものになった。伝はこう記す。王は兄の舟を着けた岸に、自分の舟を着けた。


 刈入れの月、戦は南へ移った。サルメアの将アウレリオ・ヴァスカが騎兵を率いて北上し、オルサの野でアルデンの軍と向かい合った。オルサは南方の市場の町で、野はその町の北に広がる。戦の前に王は町へ使いを出し、町が門を閉じたまま戦に加わらなければ町に手を出さない、と約した。町は門を閉じ、戦のあいだ一度も開けなかった。ヴァスカの騎兵は野の中央を突いてきた。これを受け止めたのは老将ゴットハルト・ブレムの歩兵である。ブレムは槍を三列に組んで騎兵を止め、騎兵が止まったところを、若い騎兵の将イザーク・レーンが野の東から回り込んで側面を突いた。ヴァスカは退いた。戦ののち、王はオルサの町に兵を入れなかった。伝はこれを、王が言葉で町を戦の外に置いた最初の例として記す。


 二年目の1254年、実りの月に王はサルメアの北の城市カステルを囲んだ。カステルはサルメアの北の門にあたる城市で、ここを取らなければサルメアの都へは進めない。城市の将には使いを送り、降れば兵も町も安らかである、と伝えた。将は答えなかった。三日おいて二度目の使いを送ったが、将はまた答えなかった。囲んで十日目に三度目の使いを送ると、将は門を開けた。王は兵に略奪を禁じ、禁を破って町の家に入った兵を自ら裁いた。裁かれた兵は五人で、いずれもアルデンの兵だったと伝は記す。


 同じ年の白霜の月、舟手の頭マルコ・ティルがウルの湖に入った。湖は東のリンドガルの奥にあり、落ち口の堰は百年前の争いの始まりの場所である。ティルは湖の落ち口でリンドガルの舟を破り、堰を押さえた。百年のあいだ三国が争ってきた水門が、こうして王の手に入った。将たちは堰を切るよう勧めた。堰を切れば湖の水は落ち、リンドガルの舟は湖を渡れなくなる。堰は壊されなかった。王は、水を三国に等しく落とせ、と命じた。伝はこう記す。王、堰を得て堰を壊さず。なぜ壊さなかったかを、王は戦のあいだ誰にも言わなかった。伝がその理由を載せるのは三国が一つになったあとのことで、老将ブレムが問うた折である。


 三年目の1255年、王は三十六歳になっていた。青葉の月、東へ進み、リンデンの手前の橋で戦があった。リンドガルの兵は橋を守り、橋は半日で落ちた。リンデンの都の城壁が見える丘まで進んで、王はそこで止まった。都を囲まなかった。日盛りの月、軍を南へ返し、サルメアの都の北、半日の野に陣を張った。ここでも王は止まり、都を囲まなかった。伝はこの進軍を止めたくだりを、三年の戦のどの勝ちよりも長く書いている。


 サルメアの都の北の陣で軍議があった。ブレムは、いま都を取らなければ二国はまた結ぶ、百年のあいだ和約はそうして破れてきた、と言った。レーンは、兵は勝ちに慣れていて、止まれば崩れる、三年勝ち続けた兵を都の見える所で止めたまま、冬は越せない、と言った。伝はこう記す。どちらにも理があった。王は、二つの都を取れば自分は三つの国の王になる、欲しいのは一つの国だ、と言った。軍はそれ以上進まなかった。


 実りの月、王は二人の王に使いを送った。サルメアの王ロデリクと、リンドガルの王ギュンテルである。使いは文を持たなかった。王の言葉を口で覚え、二つの都でそれぞれ口で伝えた。伝えたのは三つのことで、三国を一つの国にすること、二つの王家はそのまま残ること、二人の王はそれぞれの旧領をそのまま治めることである。二人の王は白霜の月のあいだに、それぞれ応じる旨を返した。


 冬のあいだ、三国の兵は川を挟んで動かなかった。この冬は三国とも兵糧が乏しかった。三年のあいだ平原の麦畑は戦場になり、川の舟は兵を運んで荷を運ばず、南と東の穀倉は空いていた。アルデンの兵だけが即位の年に都に増やした三つの穀倉の麦で冬を食えた、と伝は記す。二人の王が応じた事情の一つに、伝はこの冬を数えている。年が明けて、王は三人の王が会う場所をオルデ川の中洲に定めた。


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