幼馴染3人は冒険者になりたい!#4「憧憬」
「では一つ。私たち三名の、冒険者としての活動許可を願いたく存じます」
ぽやんとした空気が部屋中に流れる。正しく目を点のようにして、「ほへぇ?」と、到底皇帝らしくはない素っ頓狂な声が、静かに部屋の空気を波打たせる。
「そ、そんなことで良いのか? 貴族であれば領地だの爵位の格上げだのを要求しよるし、騎士や兵士であれば多くは金を求めるが・・・・・・」
予想の裏にも斜めにも存在しなかった要求に、アーノルドは困惑しながら確認を取る。
「私たち九賢将には爵位はありませんし、位も既に最高位でこれ以上上がることはありません。それに、九賢将は非常に給金が良いですから、金銭面についても不満はありません。ですので、私たち三人の幼少からの憧れであった、冒険者になることへのお許しを頂戴したいのです」
(それに・・・・・・)
★
ー昨夜 ー
ーアルキウス帝国 帝都オルセイニア内の一軒家
「あぁ、疲れた。飯も外で食ったことだし、もう寝ようぜ」
三人で帝都に住むために購入した一軒家に帰ってきたエルランドは、リビングに置かれているソファに吸い込まれるように全身を預けて言う。
「いけませんよ。明日は皇帝陛下に謁見するのですから、きちんと入浴しなければ」
放っておけば今にもそのままの体勢で眠り出しそうなエルランドの姿を見かねたレイヴンが、腰に手を当ててため息を吐く。
「清浄化の魔法で済ませちゃえばいいんじゃない?」
既に提案した魔法を自分に使用した状態で、オスローがリビングに入ってきた。
「それはただ汚れを落とすだけの魔法でしょう? 髪の状態や体臭など、気にすべき部分は汚れ以外にもありますよ」
「僕臭くないよ? 清浄化の魔法は臭いも消してくれる画期的な魔法です」
自分で自分の身体を嗅いで自信満々にふふんと笑い、偉ぶるように鼻息を抜く。何を隠そう、清浄化の魔法は、風呂に入ることを面倒くさがった学生時代のオスローが開発したものなのである。
「でしたらもうご勝手に。ですが、入浴せずに謁見に臨もうものならば、シェリンティア侯爵にまた嫌味を言われてしまいますよ?」
呆れ果てたレイヴンは奥の手を使った。
(シェリンティア侯爵とは、オスローとエルランドが、と言うより、九賢将全員や他の貴族の殆どが嫌っている男である。
は〜い、天の声ですよ〜。
シェリンティア侯爵家は他国にも支店を展開している大規模な商会を運営しており、そこを元手として数多の事業を成立させた功績とその財力によって、侯爵の爵位を与えられた家である。現当主であるラルグ・シェリンティアは、とにかく傲慢で嫌味な人間であり、その上血統至上主義者であるため、以前にも平民やぽっと出貴族出身のオスローたちは、その出身について嫌味を言われたことがあるのだ)
「わぁったよ。風呂に入りゃあいいんだろ?」
幾つかの意味で心底うんざりといった具合でふてぶてしく承服する。
「オスローもですよ」
「・・・・・・はぁい」
じいっとレイヴンの方を見つめていたが、望む返答が期待薄であると表情で悟ると、こちらも不服そうながらも観念した。
★
ー三人の家の浴室
全身を洗い終え、広い浴槽に身体を沈めた一同は、ある共通のことを考えていた。薬草から効能を抽出したにごり湯に浸かったまま、エルランドが「なあ」と二人に話しかける。言葉という程でもない「ん?」という返事をして二人はエルランドの方へ顔を向ける。
「今日、楽しかったな」
国の危機となりえた重大任務の感想としては不謹慎かと口にしなかったことを躊躇いなく言ってのけたエルランドに、二人は一瞬表情を固めたものの、すぐに綻ばせて同意する。
「そうですね、久しぶりに気分が高揚しました」
「確かに。結構楽しかったかも」
「・・・・・・冒険者、やりてぇな」
ぼんやりと、口をついて出たように呟いた。三人とも現在の九賢将という職務に不満はない。しかし、子供の頃にしか味わえなかった夢への憧れと興奮を思い出した青年たちは、その気持ちが溢れてやまなかった。
「お願いしてみよっか、陛下に」
突拍子もない提案ではあったが、そうする以外に彼らに方法がないことも事実であった。
「さすがに不可能でしょう。九賢将をそう易々と退くわけにはいきませんし」
「じゃあ、続ければいいんじゃない? 九賢将と冒険者を兼業すればいいんだよ」
もっともな指摘に返されたのは、単純明快な答えであった。
★
ー現在ー
「待て! ほんなら何か? 九賢将っちゅう名誉ある地位を捨てて、わざわざ冒険者になる言うんか?!」
レイヴンの説明に、それまで固まっていた皇太子、カルノスが問い詰める。
「いえ、そうではありません。あくまで九賢将としての公務を最優先としつつ、冒険者としても活動をしたいと思っております」
「ふむ、つまり、冒険者はあくまで副業という考えで良いのだな?」
顎に手を当て、親指と人差し指で顎のラインをなぞりながら、アーノルドが確認を取る。
「はい。それに、仮に、九賢将を辞任する、などと言えば、陛下は持てる力の限りを尽くしてお止めになるでしょう?」
アーノルドは顎を触っていた手を頬に据えると、どこか呆れたような、わんぱくな子供を見守る親のような顔つきで、フンと軽く鼻息を吐く。
「よかろう」
「父上!」
静かに放った承服の言葉に、カルノスがすかさず抗議しようと声を上げた。アーノルドはカルノスに腕を伸ばして制止させると、言葉を付け足した。
「但し、条件がある。冒険者としての活動は、あくまで九賢将の公務の一環として承認するものとする」
「公務の一環・・・・・・でございますか?」
想定外の条件の提示に、レイヴンは一瞬泡を食った。
「左様。余がこれより主らに任ずる公務は、現在とは身分が異なっている方が都合が良いからな」
アーノルドはデスクの引き出しを開いて、一束の書類を取り出すと、レイヴンへ差し出した。「拝見致します」と、レイヴンはその書類を受け取り、一枚一枚紙をめくる。オスローとエルランドは、両隣からレイヴンの肩越しに書類を覗き込む。書かれている内容に三人がハッと目を見開くと、それを見たアーノルドが口を開く。
「粗方の報告は昨日のうちにアーサーから書簡で受けている。此度の件、人為的に引き起こされた可能性が高いのだろう?」
手渡された書類には、今回のアースドラゴン大量出現の原因、及び諸外国が関連している可能性についての調査を命じる旨が記されていた。
「しかし、他国が関わっているかを調べるのならば、寧ろ九賢将という格式のある立場で訪問した方が良いのではありませんか?」
かえって任務を遂行しづらくさせるような褒賞への条件付けに、レイヴンが疑問を呈する。
「いや、立場ある者が公的に他国を訪問などしようものなら、その方が動きにくかろう。国によっては警戒され、監視を付けられるやもしれぬ。訪問という形以外であっても、内情を嗅ぎ回ろうとする動きを見せれば、国際問題になりかねん。ならば、冒険者という基本どこの国にもいる存在として身分を偽り、遠回りでも情報を集めた方が早いだろう。それに、冒険者の中には、グレーな仕事や完全にアウトローな仕事を生業にする者たちもいる。上手くコネクションを築くことができれば、その辺からも話を聞けるやもしれん。合理的であろう?」
悪い笑みを浮かべる。全てを見透かした悪どい大人の笑みを、満面に。
「・・・・・・分かっておられましたね?」
悪い大人の手の内でまんまと踊らされていたいたずらっ子は、心底不服という様子で表情を歪める。
「忘れたか? 特別な魔法を持つのは、何もお前たちばかりではないということを」
(アーノルドには生まれ持った固有魔法がある。
はい、そうです。天の声です。
アルキウス帝国皇帝のアーノルド・セロール・アルキウスは、生まれつき未来視の魔法を持っている。本人曰く、近い未来に起こる事象を予見できるというものらしく、一回毎の魔力消費が激しいため、大抵は日に一度程度しか使用しないとのこと)
「役者なこって」
目を逸らして不貞腐れるエルランドに、アーノルドは「そう言うな」と笑いかける。
「それで、僕たちは何をすればいいんでしょう?」
「別に何をしろとも言わんよ。他の公務に支障が出なければ、基本如何様にしても構わん。調査方法は一任する」
良いように解釈すれば、冒険者らしい自由さを保障しているとも言えるが、要は体のいい丸投げである。
「まぁ、陛下のご厚意とお受け取り致しましょう」
丸投げの意図を理解しているレイヴンは、皮肉っぽくそう返す。
「では、了承ということで良いな?」
「御意」
アーノルドの問いかけに、三人は不服そうながら承諾した。すると、暫く言葉を発していなかったカシエルが口を開いた。
「悪っぽい笑顔の王様は、悪戯好きな少年たちに、意地悪な質問をしました。少年たちは仕方なく、はいと答えざるを得ませんでした」
アーノルドとレイヴンたちのやり取りを、カシエルは絵本のナレーション風に説明する。
「茶化すでない。しかも、そんな悪意のある言い方をしおって」
カシエルの悪ふざけを、アーノルドは顰めっ面で諌める。
「何か間違えてた〜?」
こちらの世界で言うところの京言葉風なアクセントでまた茶化しを入れる。
「もうええ・・・・・・」
実力主義のこの国においては、夫婦の力関係も実力次第であるようだ。
「ともかく、お前たちの新しい戸籍を用意する。明日またここへ取りに参れ」
片手に額を置いて頭を支えるアーノルドは、ひどく疲れた面持ちで三人を帰らせた。
★
ー翌日ー
ー王城 紅玉の間
「ほれ、これがお前たちの新しい名前と身分だ」
昨日書類を取り出したのと同じ引き出しから、三枚の紙を取り出すと、デスクの前に立っている三人に手渡した。
「名前はレイ。身分は平民で、年齢は十八。随分簡素ですね」
自分に渡された書類を見たレイヴンは、何度か紙を裏返しながら、簡潔に思ったことを述べる。
「エラルド、平民、十八歳っと。テキトーだな」
エルランドもまた、レイヴンと同じように自身の新しいプロフィールを見て、歯に衣着せぬ物言いをする。
「名前がアスランで平民、十八歳かぁ。陛下、もしかして僕らの新しい設定、さっき考えました?」
自分の名前以外はほぼそのままの情報に、オスローもコテンと頭を傾げて質問する。
「言いたい放題だのう。覚えやすくて良いだろうに」
そう言って、アーノルドは眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔をする。
「文句があるのなら別に良い。こちらから適当な褒賞を与えてやるまでのこと」
この皇帝はやはり意地の悪い物言いをするが、事実その全権を握っているのは彼自身である。誰が何を願おうとも、それを叶えるか否かは、皇帝である彼次第なのだ。三人はむぅと嫌な顔をしながらも納得せざるを得なかった。そうして、大儀そうにため息を吐いて「御意」と言い受容した。
「それでは、皇帝アーノルド・セロール・アルキウスの名の下に、帝室近衛魔法九師団が第一師団長、遷握の賢者オスロー・クロックバーグ、第二師団長、操界の賢者レイヴン・ヴェルドロット、第八師団長、劈嵐
の賢者エルランド・フュリウスの三名に勅命を下す。汝らは今より名と身分を隠匿し、冒険者としての活動を通し、此度のアースドラゴンの大量出現の原因究明に尽力せよ」
「御意」
皇帝として恥じぬよう、キリリと格好を付けて文言を口にするアーノルドに応えるように、賢者たちは謹みをもって拝命した。




