第一話
二月の海は、鉛色だった。雪が降る前の色。光を通さないわけではないのに、どこまでも重たくて、鈍くて、寄せる波の一枚一枚が、畳んだ鉄板をゆっくり開くみたいに見える。
坂の途中で自転車を止めて、ボクは毎朝その色を確かめる。何日も変わらないと、季節がどこかで止まってしまったような気がして、少しだけ不安になる。だけど、止まっているのは海だけで、ボクたちの方は容赦なく前に進んでいた。
研究生公演『潮鳴りのわすれもの 改』まで、あと三週間。
ボクは毎日、公民館のホールに通っていた。放課後になると自転車を飛ばして、バス停「汐見坂下」を通り過ぎて、公民館の裏口から忍び込む。平日は二時間、土日は朝から夕方まで。脚本兼演出見習いというのが、劇団の人がつけてくれたボクの肩書きだった。
脚本はボクが書いた。
演出は座長がやる。ボクはその隣でメモを取ったり、立ち位置を確認したり、壊れた小道具を直したりする。演劇のことは、まだほとんどわからない。
それでも、自分が書いた一行を誰かが口に出して、その度に少しずつ形を変えていくのを見るのは、小説を書いている時とはまるで違う種類の生温かい手触りがあった。小説はボクの部屋でボクとボクのノートだけのものだ。
台本は違う。書いた瞬間から、ボクの手を離れて誰かの声になる。ボクはその声を袖で聞いている。自分の書いた言葉が自分の知らない温度を纏っていく。それが怖くて、面白くて、毎日、少しだけ悔しかった。
ホールは体育館みたいな寒さの中で、役者たちの吐く息だけが白い。客席はがらんとしていて、パイプ椅子が三十脚、舞台に向かって並んでいる。その真ん中の列に、桃山さくらはいつも座っている。台本を開いて、膝の上で指先だけを動かして、自分の出番の前の相手のセリフをなぞっている。声には出さない。口も動かさない。ただ、指だけが行を追いかけて、時折り止まる。あの止まり方がボクにも、わかるようになっていた。
ボクは台本をもう何度も書き直していた。初稿では、主人公の「言えない一言」を、できるだけ一般的な言葉で書こうとしていた。誰が読んでも、誰が演じても成立するように。だけど、稽古が始まって三日目に、ボクはその方針を捨てた。
桃山さくらが演じるのは、「灯火の娘」という役だった。海沿いの町の灯台の灯りを守る家に生まれた娘。彼女は村を出ていく男を見送る。男はもう戻らない。それでも、娘は灯りを消さない。最後の場面で、彼女は客席に背を向けて、舞台の端に立つ。手の中の小さな灯りをそっと吹き消す。それだけの役だった。派手な見せ場はない。あるのは、長い沈黙と短い言葉だけ。
だから、ボクはその沈黙を桃山さくらに合わせて書いた。
彼女は相手の言葉の後に、必ず一拍置く。みんながもう次のセリフを待っている。その一拍の後に静かに声を出す。その間を、ボクは台本の行間に点線で書き込んだ。
灯火の娘
「…行ってしまうんですね」
(間二秒)
男
「ああ」
(間三秒)
灯火の娘
「…わたしは、ここにいます」
男
( 沈黙 )
灯火の娘
「…灯りを消しません」
男
「消してくれ」
灯火の娘
「…嫌です」
この「間」の数字はボクの独りよがりじゃない。
桃山さくらが稽古で実際に取っていた「間」をボクが秒数で書き写しただけだ。
息を吸う長さ。
瞬きの回数。
視線を落とす角度。
指先の動き。
そういうものを、ボクは台本の余白にびっしりと書き込んでいた。他の役者のところには一行も書いていない。
桃山さくらのところだけ、真っ黒になるまで。
それでも、足りなかった。
彼女の「間」は、秒数じゃない。もっと細かい。もっと体の奥の方にある。
ボクは「会話メモ」をカバンから出した。
誰かの言葉を後で小説に使おうと一字一句書き留めてある。
あのノート。
そこには、一年分の桃山さくらの言葉があった。
「…脚本、楽しみにしてます。指切り」
「…役じゃなくても、私」
ボクはそのノートを台本の隣に開いた。桃山さくらの言葉を拾って、拾って、台本の余白に移していく。
彼女が日常で言った言葉をボクは役の言葉に変えていく。そうすると、灯火の娘が急に生き始めた。まるで、その娘がずっと、そこにいたみたいに。




