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潮霧高校物語  作者: 杉山薫
一月
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41/51

第四話

 次の日、部室で星野部長にその話をした。したというか、ぼんやりしていたら、見つかって訊かれた。


「なに、暗い顔してんの?」


「小説が書けなくて」


「へえ」


「自分のことを書こうと思ったら、書けなくて」


星野部長はミルクティーを飲みながら、聞いていた。


それから、言った。


「当たり前だよ」


「当たり前ですか?」


「自分のことなんて誰も書けないよ。書けるのは他人のことだけ。で、他人のことを書く時に自分が滲む。それが小説だ」


「滲む⋯⋯」


「そう。あんたの脚本、ヒロインがやけに生きてるでしょ。あれ、滲んでるんだよ。あんたの隣の席の誰かさんが」


ボクは黙り込んだ。


「二月の研究生公演の自由台本枠あるんだろ。あれ、あんた、書き直してやりなよ」


「書き直すって。既存の台本を」


「そう、『潮鳴りのわすれもの』。あれ、あんたの話だよ。昨年の文化祭で書いたやつ。もう一回、書け」


「なんで?」


「あんた、一回書いただけで、わかったつもりでいるでしょ」


「つもりでは」


「つもりだよ。あんた、あれ、書いた時、まだ、何もわかってなかった。今のあんたの方が余計わかってないけど、少なくとも、わかってないってことは、わかった」


星野部長はそこまで言って、ミルクティーを一口飲んだ。


「題名は?」


「『潮鳴りのわすれもの』改」


「安直」


「だね。安直でいいよ。安直なのは誠実の一種だから」


その言葉をボクは会話メモに書いた。

書いて、手が止まった。

誠実。ボクはその言葉が苦手だった。

苦手な理由はわからなかった。


その週の終わり。ボクは公民館に行った。


黒田賢太郎が台本一冊を貸してくれた。

劇団の台本。


『潮鳴りのわすれもの』


昨年、ボクが書いたやつを劇団の人が少し直したものだ。研究生公演の自由台本枠で使うには、書き直しが必要だった。


「あいつのためだ」


黒田賢太郎は言った。


「桃山さんの?」


「ああ、だけどな、勘違いするなよ」


「勘違いって?」


「あんたが書くのは脚本だ。役者のためじゃない。いや、役者のためでもある。でも、それは、あいつのためとは違う」


「どう、違うんですか?」


「役者のためというのは、あいつがうまく演じられるように書くことだ。あいつのためというのは、あいつが幸せになるように書くことだ。俺は脚本家じゃないから、どっちでもいい。だけど、あんたはどっちを書くかを決めろ」


ボクはその問いに答えられなかった。


 台本を持って帰る途中。海沿いの道。

一月の海は凪いでいた。

鏡のように。

向こう側が見えるくらい、静かだった。船が一艘、浮かんでいた。その船の影が海に落ちていた。影の方が本体より濃く見えた。


ボクは思った。

この海は何も言わない。

何も言わないまま、そこにいる。

小説の登場人物も、そうだ。何も言わない。書く人間が、勝手に言葉を与える。与えなければ、何も言わない。

じゃあ、ボクは桃山さくらに、何を与えればいいんだ。


わからなかった。


一月の半ば。雪が降った。


朝、起きたら、窓の外が白かった。海の色が消えていた。雪が海を白くしていた。

いつも灰色の海が白い。

雪の前の海は鉛色だ。

降ってしまえば、白い。

鉛と白の間に、一日ある。今日がその一日だったらしい。


学校は休校になった。


ボクは家にいた。リビングに、こたつ。水萌(みなも)がこたつに入って、スマホをいじっていた。ボクは自分の部屋に戻ろうとした。戻れなかった。水萌(みなも)が、ついてきた。


「なんで、来るんだ?」


「暇だから」


「自分の部屋にいなよ」


「あっちは寒い」


「こっちも寒い」


「お兄がいるから、まし」


水萌(みなも)はボクのベッドに座って、LINEを打ち始めた。ボクは机に向かって、台本を開いた。

開いて、ペンを持って、何も書けなかった。


水萌(みなも)がうるさかった。

うるさいという言い訳で書けないことにしていた。


「お兄」


「なに?」


「さくらさん、声戻ったの?」


「少し」


「ふーん」


水萌(みなも)はスマホを置いた。それから、ボクの方を見て、言った。


「お兄、あのさ」


「なに?」


「あんた、さくらさんのこと、どう思ってるの?」


ボクはペンを置いた。


「友達」


水萌(みなも)は、しばらく黙った。それから、はああという深いため息をついた。


「あんた、ほんとに、バカだね」


「なんで?」


「だって、友達のために、毎日、図書室に行く? 友達のために、発声の練習に付き合う? 友達のために台本を書き直す?」


「友達だからだろ」


「そう思ってるの、本気で?」


「本気で」


水萌(みなも)は立ち上がった。

それから、ボクの頭をペンで小突いた。


「あんたの、その本気が一番、罪深いんだよ」


罪深い。その言葉が刺さった。なぜ刺さったのかはわからなかった。でも、刺さった。


「みなも」


「なに?」


「ボクはどうすればいい?」


水萌(みなも)はそれには答えなかった。ただ、ベッドに座り直して、スマホをいじり始めた。


「知らない。自分で、考えなよ。あ、これ、可愛い」


LINE三昧。水萌(みなも)は、すぐ、別の話を始めた。ボクは台本を開いた。開いたまま、何も書けなかった。


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