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潮霧高校物語  作者: 杉山薫
一月
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39/51

第二話

 星野部長が後ろから、ボクたちのやり取りを見ていた。それから、ミルクティーの水筒を揺らしながら言った。


「あんたら、おみくじの交換って。そういうのは、普通はしない」


「そうなんですか?」


「そうだよ」


「じゃあ、なんで桃山さんは?」


「それを、私に訊く?」


星野部長はそう言って、石段を降りて行った。大凶の紙がポケットから少し覗いていた。

降りながら、振り返って、もう一言。


「あと、三か月で、私はいなくなるからね。そのつもりで書け」


絵馬を書くコーナーがあった。


小さな木の板に願い事を書いて、棚に掛ける。

木の板はずらりと並んでいた。昨年の誰かの願いがまだ掛かっている。

風で時々、カタカタと鳴った。


ボクはペンを取った。


何を書こう。

さっき、願い事が決まらなかった。

決まらないまま、ペンだけが手にある。


ボクは書いた。


「書けますように」


書いて、少し後悔した。

誰が、何を書けるのか。

曖昧だ。

でも、これ以上、言葉が出なかった。

ボクの言葉の在庫はいつも、他人の分だけ多い。

自分の分はいつも足りない。


桃山さくらは絵馬を書いていた。板を手で隠すように書いていた。書き終えると、さっと棚の一番奥の方に掛けた。


海原みつきは絵馬を書いて、すぐ隠した。


「見ないで」


海原みつきは言った。


「見てません」


「絶対、見て」


「見ません」


「桜田くん、今、目動いた」


「動いてない」


「動いてた」


「動いてました」


「もう」


海原みつきは絵馬を胸に抱えた。それから、ボクの絵馬を見て言った。


「書けますように?」


「はい」


「それ、なんか、切ないね⋯⋯」


「そうですか?」


「うん。誰が書けるように、なのか、書いてないから」


ボクは返事に詰まった。

海原みつきは時々、こういうことを言う。

空気を読んで都合よく読み違えると言われている人が、一番核心を突いてくる。

ボクはその逆説が、ずっとわからなかった。


その時、石段の下から声がした。


「お兄!」


水萌(みなも)だった。

ボクの妹。

家族で初詣に来たらしい。

両親も後ろにいた。


「なんで、ここに?」


「うちの氏神はここだよ」


「そうだっけ」


「あんた、自分の家の氏神も知らないの」


「知らなかった」


「バカ兄!」


水萌(みなも)はボクの隣に立った。それから、桃山さくらを見て、にこっと笑った。


「さくらさん、あけまして」


桃山さくらは会釈をした。

声はまだ、出なかった。


「あれ、声」


水萌(みなも)が首を傾げた。


「喉、休めてるんです」


ボクが言った。


「ふーん」


水萌(みなも)はボクの顔をじっと見た。それから、桃山さくらに近づいて、何かを耳元でささやいた。

桃山さくらは一瞬、固まって、それから、首を横に振った。水萌(みなも)はもう一度、何か言った。桃山さくらは今度は頷いていた。


「何の話?」


「女同士の話」


「ボクの妹とボクの同級生が?」


「そう」


「なに、話したの?」


「秘密」


水萌(みなも)はそう言って、ボクの肩を叩いた。


「お兄、絵馬、書いた?」


「書いた」


「なに、書いたの?」


「書けますように」


水萌(みなも)は、それを聞いて、しばらく黙った。

それから、はあぁとため息をついた。


「あんたの、そういうとこ、ほんと、むかつく」


「なんで?」


「だって、それ、あんた、自分のこと、書いてないじゃん」


「書いてるよ。書くことが、ボクのことだから」


「そういう逃げ方をするんだ。あんたは?」


水萌(みなも)はそれだけ言って、両親のところへ戻って行った。


ボクは自分の絵馬をもう一度見た。


「書けますように」


それのどこが逃げなんだろう。


ボクは本気でそう思った。


その時、風が吹いて、絵馬の棚がカタカタと鳴った。板が何枚かが揺れて、めくれた。ボクは一番奥の板が、めくれるのを見てしまった。


桃山さくらの字だった。

丸い、小さな字。


来年も隣の席でありますように


ボクはそれを読んだ。


読んで、なるほどと思った。律儀な人だ。

席のことを願うなんて。

来年は三年生でクラス替えがある。隣の席が続くかどうかはわからない。

彼女はそれを願っている。

友達として、隣の席が続けばいいと。

そういうことだ。


そう思った。思って、少しだけ、寂しかった。なぜ、寂しいのかはわからなかった。ボクはその寂しさの名前もつけられなかった。


ボクは手を引っ込めた。人の願いを読むのは失礼だ。そう思った。ボクはいつも、そういうところだけは丁寧だった。その丁寧さがボクの一番罪深いところだった。

これも、この時はまだ、わからなかった。


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