↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮霧高校物語  作者: 杉山薫
十一月
PR
29/51

第二話

 放課後。十一月の空は低かった。文芸部の部室は三階にある。窓を開けると海の匂いが入る。この匂いをボクは書くために必要としている。物語を書く時、ボクはまず海を思い出す。海があれば、あとの言葉は自然についてくる。


その日、部室には星野部長はいなかった。


屋上だ。


星野部長は屋上でミルクティーを飲む。喫煙所のないこの学校では、彼女はその代わりに紙コップを片手に煙草みたいに空を眺める。立ち入り禁止の扉の鍵はなぜか文芸部と演劇関係者が持っている。学校というのは割といい加減にできている。


屋上のフェンス越しに海が見えた。


十一月の海は、鉄の色をしている。


「桜田」


振り返ると、星野部長がフェンスにもたれてミルクティーを飲んでいた。紙コップの湯気が風に引きちぎられていく。


「文化祭、おつかれ」


「部長こそ」


「あたしはMCしかしてない。毒舌の。まあ、毒舌が仕事みたいなもんだけど、あたしの」


星野部長は少し笑った。

それから、ボクの顔をじっと見た。

彼女はいつも、そういう風に人を見る。小説を読む時の目で。


「何か、悩んでるんだろ」


「わかりますか?」


「わかるよ。あんた、悩むと前髪を触るから」


ボクは無意識に手を上げて前髪を触っていた。それに気づいて手を下ろす。


「桜田。あんた、脚本の締切、いつだっけ?」


「まだ、あります」


「まだ、じゃない。もう、十一月だよ」


星野部長がフェンスから背を離した。紙コップを柵の上に置く。それから、ボクの方へ二歩近づいた。


「あたしね、ずっと思ってたことがある。ずっと言おうかどうしようか、迷ってた」


「なんですか?」


「あんたの脚本さ」


星野部長は海を見た。

それから、ボクを見た。


「ヒロインが誰を好きなのかが一文で書いてあるよ」


ボクは意味がわからなかった。


「書いてある?」


「書いてある。あんたが書いたんだよ。気づいてないだけで」


「ヒロインは誰も好きになってないはずです。ボクはそういう風には書いてない」


星野部長はため息をついた。


「読者は書いてあることしか読まない。でも、書き手が意識してないことまで、読むんだよ」


「どういう?」


「たとえばね」


部長は指を折った。


「ヒロインが主人公の名前を呼ぶ時、いつも少しためる。あんたの台本にはそう書いてある。一回じゃない。六回ある。六回とも同じように、ためてる」


ボクは記憶を掘った。そんな風に書いた覚えはない。


「それから、ヒロインが海を見る時に必ず、主人公の方に半歩寄る。これも、そう書いてある」


「それは立ち位置の指定」


「なんで、そんな立ち位置を指定した?」


ボクは答えられなかった。


星野部長が笑った。

意地の悪い笑い方じゃなかった。

これから言うことを、自分でも少し痛いと思っている笑い方だ。


「桜田。自分が読者だと思って、自分の脚本を読み返してみな」


返す言葉が見つからなかった。


「あんたのヒロインが誰を好きかなんて、わかるはず」


海が鉄の色で揺れていた。


フェンス越しに波の音が聞こえる。


十一月の波は音だけが高い。


低い海が高い音を立てている。


「部長」


「なに?」


「ボクは脚本を読み返す資格ありますか?」


星野部長はミルクティーを一口飲んだ。


「そんなの、書き手なら、みんな持ってるよ。むしろ、読まない方が失礼でしょ。自分が書いたものを読まないなんて」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。