8話 祝福という呪い
ペタン領で魔力ダダ洩れをどうにかする訓練を始めて何日か過ぎた訳だが。
今はヒレンに頭を齧られている。
血が出ない程度に、だが。
「なんでしたら体液で直接、とかでも構いませんよ?」
私が構うので今のままでいいです。
ネム嬢曰く、魔力の漏れを抑えようとしている事自体が
「巨大な滝の瀑布をコップ一杯でくみ取る様なもの」
だそうだ
うーん、無理じゃない?ソレ。
まずは滝そのものを止めるのではなく、流れを少しだけ変えるとこを目標にしているらしいが、魔力そのものを感じられないまま何も出来た気がしない。
物理法則、質量保存の法則を当たり前に前提にしている現代日本の人間に、逆に魔法による「別世界の法則」を新たに基礎知識として馴染ませるのは難しい、
まして、中の人はアラフィフだぞ。
などと言い訳しつつも早く冒険者ギルドのある城下町に出てみたいのもあって、各種修行メニューを言われるがまま真面目にこなしている日々だ。
そして
数日過ぎた訳だが、初顔合わせの時に貧血起こして倒れたアーメル公が、最近気分が優れないとかで政務に支障が出てるらしい。
初顔合わせ以降、まともに話もしていないが、やはり公爵位ともなると忙しく働いている。
労働基準法とかも無いのだから私生活も公務も関係ないだろうし。
と、思っているとネム嬢、皇后陛下が恐ろしい事を言い出した。
この世界、自然界に浸透している魔力の濃度が高くなったりするとソコに居る獣等が魔獣化する事が多いらしく、今、私自身がまさにその「歩く魔力溜まり」になっていると。
アーメル公の症状は魔力あたりだと。
魔力酔いともいわれる、密度の高い魔力に晒され続けた事で起きる症状。
つまり、その元凶の私がダダ洩れを続けていると、下手するとその辺の動物が魔獣化しかねない、と。
結構大変な話になってない?
と思っているとネム嬢、衝撃のヒトコト。
「お腹の子にも悪い、早くなんとかしろ」
お腹の子?誰のお腹?
「余の腹以外に誰のお腹があるというのだ、痴れ者が。」
はい、おめでとうございます。皇后どころか国母様でございますか。
いやいや、身重で旅ですか。
「伏魔殿でくつろげるモノか。それに何か所か影武者も送っておる。・・・というかね、やっぱり帝都は権力闘争が激しすぎるの、こういう離れた場所の方が安心なのよ、ほんっと宮殿は伏魔殿とよくぞ言ったものだわ、偉くなりゃ何とでもなると思ってたんだけどねえ」
と、後半は素で愚痴になってますね。
何にせよ、今のままだと下手すると人間すら魔物化しかねない。
とりあえず妥協案としてヒレンに魔力を食べさせるという案が出て即実行されて今の惨状になっているわけだ。
元々、ヒレンの核となっている虫は魔力、もしくは魔力を帯びたモノを齧る虫らしく、自然界において魔力濃度の高い鉱物やソレを加工して作る「魔法攻撃に強い建材」などを齧って被害を与えていたらしい。
なのでこの世界に来て一番最初に聞いた言葉、「美味しい」はそういう事だったらしい。
この世界に降り立った時、そりゃあ美味しそうなデザートに見えた事でしょうとも。
誘引剤にひかれて襲い掛かって、魔力食べて勝手に眷属化した訳だ。
ヒレン本人は人の姿をとるまでの記憶も無く、ただ本能のまま動く虫だった訳だが。
何にせよ、結構な量を吸い取っているらしいが、それでもさすがに無限の魔力。
もう少し言葉を選ぶべきだったよなあ、と思いつつ
祝福という名の呪いと化しているこの無限の魔力、どうしたものか。
そして試行錯誤していると、新たに皇后一派の大物がやって来た。
ネム嬢個人の冒険者時代からの仲間で相談役とか軍師とかのポジションらしい。
大物だ。
ダダ洩れ魔力の件も相談して、会ってみたいと予定よりかなり早めて来たらしいが。
歳の頃はヒレンと同じくらいか少し上か。軍師とか聞いたから勝手に老人を想像していた。
目をひく翡翠色の髪、そしてキツ目の釣り目気味の目。
私よりも、さらにヒレンよりも少し高い背と恐ろしい程のスタイルの良さ。
胸もヒレンよりも大きい。
ぁぃた。
意外とこの世界では見かけなかったチャイナ服を着た妖艶な美女、という印象。
ソレがマスカート=ロータスの第一印象。
「お初にお目にかかります、マスカートとお呼びください」
慇懃に一礼する美女の低音のイケボ。
・・・んんん?男性?
混乱する姿を見て心底面白そうに笑う
「でっしょ?びびるでしょ?ほんと、大失敗だ」
続けて出た言葉に思わずその顔を二度見した、日本語だ。
◇◇
彼女、マスカートもまた転生者である。
彼女は私より20年程前にこの世界に転生した。
考古学者に憧れ学芸員を目指す普通の大学生だったが、就職氷河期の直撃で、学芸員の内定も無くなり、
学芸員アルバイトとして好きな仕事に携わる事を目指すも、氷河期によくある話として正社員を求める家族、恋人の圧力に負け、一般職に就職と方針転換する、が。
氷河期の就活でお約束の「学芸員資格とか優秀でウチには勿体ない」とテンプレ回答で断られ、
数名採用するだけの大企業や自治体ですら「皆ゼロ採用で耐えている、危機感が無い」と叩くテレビ番組ばかり放送されている中で履歴書を書く日々。
さらに有名学者の発掘遺物の捏造騒動などで、歴史学全般に対する風当たりの悪化なども起き、
そのうち恋人も含め周囲に誰も居なくなり
諦めの末に病死した「どこにでも居る、取り立てて言う程もない普通の若者」だった。
「存在」を前に咄嗟に出た望みは
「異世界でも歴史を知りたい、その世界の歴史すべてを知りたい」
そして
「で、どうせなら超美少女に転生したいじゃん?」
美少女になった。しかし魂は歴史好きの男のままだった。
「まさか声が変わらないとは思わなかったんだよなあ」
あの時、転生の途中、確かに声は意識しなかった。使わないし。
まさかの落とし穴。
あっけらかんと笑っているが、相当苦しんだんじゃないか、と思ったが
「いやあ、コッチには呪いって便利なモノがあるので、声だけソレって事にしてしまえばむしろ同情狙える」
それでいいのか。
「むしろ問題は美少女の期間が短かった事なんだよなあ。時間の流れであっという間にただの美女になっちまった」
自分で言うのか。まあ確かに誰が見ても美女と言うと思うが、自分で言うのか。
むしろ性別が同性になったおかげで風呂とか入り放題だぜ?
と笑うがアレは見事なまでの下卑た笑いって奴だな。美女の顔でやるのはやめて欲しい。
そして真面目な顔になり、私を見、渋い顔をしつつ
「オレがわかるのは過去の歴史、未来はすぐ変わるので本のページの先をちょっと見る程度しかわからないんだが・・・とても不味いと思う」
アンタのソレは間違いなく人も変化させてしまうレベルだ。と
そして皇后陛下に向き直り
「アンタのお腹の中、胎児は特に多感なハズ。どんな影響が出るかわからんぞ」
だが、手を叩き、深刻な空気を入れ替えるかのように、声を上げる。
「なんとかしよう、しなくてはならん、しかも可及的速やかに。まあそのためにオレが来たんだしな」
イケメンである。




