42話 寝室の窓
アルカザール城で与えられた寝室に入る。
流石にそれぞれの個室ではなく、騎士団という事でネメシスも含めた5人と私にまとめて一部屋、を与えられた。
マスカート子爵はさすがに別室だが。
まあ何だかんだと言っても貴族階級としては騎士である、部屋が与えられただけでも別格の扱いだろう。
2階のこの部屋の窓からもあの世界樹の子供達の一部が見える。
あの木を元の木から変異させる魔法の詳細等を聞き取りたがっていた宮廷魔法使いが、この夜更けに関わらず世界樹の根本を忙しくうろついている、おそらく朝まで色々調べる気だろう。
なんでも木などの場合は夜間の状況と昼との差で観察する項目があるらしい。
眷属達が不寝番をどうするか相談しているが、この城でソレは不要だろう、と言いつつカーテンを閉め、早々に数日ぶりの揺れないベッドでの就寝につく。
◇◇
不寝番は不要との主人の意見を尊重し、誰も不寝番には立っていない。
だが自主的に主人を守ると決めている者は起きていた。
静かに窓が開いた気配を感じ、フジがベッドの中で武器を確認する。
するりと音も無く窓から入ってくる影が二つ。窓の外に何かハンドサインを送りベッドに近寄ってくる。
眷属達に与えられたベッドではなく天幕付きの一際大きなベッドに飛ぶように近寄る影。
フジの近くを通ろうとした一つに狙いを定め飛び起きつつ使い慣れた戦斧を振る。
影達には奇襲だったハズだが難なく回避し、まったく止まる気配も無く主人のベッドに向かう。
ベッドに殺到する二つの影の前に無視して駆け抜けようとしたベッドの下から一つの影が飛び掛かる。
まさかの下からの奇襲に流石に武器で受け止める影
「お父様の就寝を妨げるなど許されるモノではありません」
と伸ばした右手を影の短剣に貫かれたまま今度は左手で影の首を捕らえるヒレン。
まさか腕を貫かれても無視して躊躇なく動くとは思っていなかった影は完全に不意をつかれ首を掴まれる。
そのまま間髪を入れず首を握りつぶした。
もう一つ横を駆け抜けようとした影に右手を伸ばそうとしたがその腕を貫く短剣を文字通り死んでも離さない影。
すり抜けた影が天幕に飛び込む。
が、飛び込んだ勢いそのまま跳ね返される。
驚いた顔を見せ、しかし鼻血を出しつつも態勢を立て直し短剣を構える影の男、
天幕からクチナワが欠伸をしながら出て来る。
「せっかくいい布団で寝れるとこじゃったんじゃがのう」
障壁をベッドの周りに張り、主人のベッドと交換していたのを見て
「感づいていたのか」と、うなるように初めて声を出す影の男
「いや、じゃんけんで勝っただけじゃ」と事も無げに返すクチナワ
ゲームの景品に主人の上等なベッドを賭けていたのか。影の男は思わず固まる。
そこにネメシスが飛びついて腕を捕まえた。
「大人しくしてください」と呼びかける。
「斬り捨てなさい!そんな余裕は無いです」ヒレンが叫びの様な怒声を上げて走り寄る
一瞬振りほどこうとしネメシスを斬りつけた男だが振りほどけないし手持ちの刃では傷すらつけられないと見るや自らの腕を斬り切断し、自由になった瞬間にはネメシスの背後に起き上がって来た彼女達の主人に狙いを定めその胸板に短剣を投げつける
一瞬遅れて追いついたヒレンが投げ終わった姿勢から立ち上がろうとする男を掴んで有無を言わさず引き裂く
引き裂かれながらも、深々と胸板に刺さった短剣を視界にとらえ、男は任務の成功を確認して誇らしげな笑いを口元に残し倒れる。
ヒレンの悲鳴が響く。クチナワが慌てて駆け寄る。
自分の甘い判断が今の結果をひき起こした事実を、ただ震えながら、残された男の片腕にしがみついているかの様に立つネメシス
いやいやと首を振りながら泣きそうな顔をして振り向く。
自らに深々と刺さった短剣を見下ろす彼女達の主人。
「痛い、けど大丈夫、この程度」と安心させる様に言うが口から血が出て咳き込む。
ヒレンが刺さった短剣を引き抜くとほぼ同時にクチナワが横に座って治癒魔法を唱え始める。
魔法の効果か自前の再生か、どちらが先かわからない程の勢いで回復していく。
と、窓の外から矢が飛び込み、かろうじて立っていた主人の頭を射抜く。
目を閉じて呪文を唱えていたクチナワに主人の血が降り注ぎ、何ごとかと顔を上げた彼女にもたれかかる様に主人が倒れ込む。
主人の頭に刺さる矢が丁度クチナワの目の前に来る。
思わず彼女の故郷の言葉で悪態を口走った。
ヒレンが窓に突進し、狙撃した相手を、どこだと探す
今まで静かにしていたワカヒメが窓の外を指し示す。と同時に窓の外の木が蠢く。
「吾の夫を損なふなら吾が報ゆ、逃ぐすなそ」
珍しく怒気を含む声に周囲の仲間達が振り向く。と同時に外から悲鳴が上がる。
ただの木だったハズの窓の外の木がトレントの様に動き、弓を持つエルフの男が捕らえられている。
「吾が掌に立つなぞ・・・」
魔力で認識する彼女には物理的に隠れても意味はなく、そもそも世界樹が本体の彼女には木はすべて掌握するところである。
ワカヒメがその男を指し示し、何かを歌うように唱えると捕らえていた木が男を窓から投げ込んで来た。
フジがすかさず捕らえ、手早く布を口に詰め込む。
頭を射抜かれた彼女達の主人はさすがに昏倒している。
クチナワが震える手で矢を抜き、再び呪文を唱えなおす。
ヒレンがオロオロと主人の周囲をせわしなく歩き回るが今は彼女が出来る事は無い事も理解している。
口惜しそうに爪を噛んでいるが既に血が出ている。
喧噪を聞きつけて駆けつけてきた城の警護達にフジが説明をし、捕らえたエルフの暗殺者を引き渡す。
マスカート子爵、ネム陛下と次々と駆けつけてくる頃、まだネメシスは残された腕を抱えてワナワナと震えていた。
命を懸けて来る相手に、法で裁く前提の拘束は意味を持たない、理解しているつもりだったが、実際には何もわかっていなかった、その事実に震えていた。




