25話 ラビリンス
勇者が討伐する予定だったダンジョンは迷宮であった。
ラビリンスというモノだ。
この形式は明らかに人工物で構成され、レンガだったり石畳だったり、綺麗に整備された通路で構成されている。
ただし、迷路だ。
どの角に魔物が潜んでいるか、どの石畳が落とし穴か、見た目の変化は無いがひたすら精神を削られる構成。
そのダンジョンでも勇者は別格だった。
勇者と居れば何も恐れる必要は無い。そういう存在が勇者だった。
◇◇
新しい仲間が来て、一時勇者はその者に執着し、他の娘を見なかった。
だが、勇者はちゃんと戻って来た。
娘は喜び、浮かれていた。
まだ入り口に近く、確認された場所で警戒も必要無かった場所だった。
勇者の横を歩くのは自分だ、と自負していた娘。同じパーティの仲間もソコは譲っていた。
背中を誰かが叩いたと思った。
もう、何よ、と問いかけようとして血が口から出た。
ばっちりと決めた化粧が汚れてしまう。
せっかく勇者が褒めてくれた装備が汚れてしまう。いやだわ。と呟こうとして声ではなくさらに血が出た。
体の力が急に抜け、倒れる。
やだもう、服が汚れちゃう。そう言ったつもりだった。自分の臓物に埋もれて。
何が起きたか、誰も分からなかった。
勇者が最初に気付いた。だがまず倒れた娘を優先した。
結果、娘を背中から切り裂いた巨大な戦斧が再び閃いた。
倒れた娘を起こそうとした他のパーティメンバーの半身が宙を舞う。
まだ気づいていなかった。自分は転んだのだと思ったその娘は手をついて起き上がろうとして足が動かないことを不思議に思った。
目で自分の体を確認して、そこにあるはずの体の半分が無いのを見たがソレを理解出来ないまま意識を失った。
◇◇
ダンジョンの主による単純な背後からの奇襲。
効果は絶大だった。
最初の犠牲者が勇者の婚約者の、帝国でも相当有力な上級貴族の娘だったのは偶然だった。
多少目を引いた服装だっただけだ。
ダンジョンの主には何度も出入りしているのはわかっていた。
安全を確認したつもりの場所は迂回してしまえばいくらでも回り込める場所だった。
だから背後に迂回して襲った。
それだけだった。
勝てる気がしない相手が居るこの集団でも、背後から勝てる者だけ倒し、再び離れてしまえばイイ。そういう戦い方をしてきた。
その時も同じだった。さらに数名を血祭りにあげて反撃も無く、さっさとダンジョンの奥に戻った。
そのダンジョンの主にとっては何百年も繰り返してきたいつもの事であった。
◇◇
ヒレンを落ち着かせ、私達自身も落ち着く、そのために一度、慣れ親しんだクロスロードに戻るべきだとクチナワとも一致した。
少なくともこの宿からは少しでも早く、遠くに逃げたかった。
この宿では思い出す事がつら過ぎるから。
そして味方を多く作らなければならない。相手が悪すぎる。
勇者を殺してしまいたい。と思うが、現状我々では逆立ちしても勝てないのも分かっている。
おそらく返り討ちにされ、殺される、だがそれで彼が後悔する事はないだろう。
何より私自身が人を殺す事にまだ躊躇するだろう、そして勇者は私のよく知っている人間だ、私には簡単に人を殺す事は出来ないだろう。
しかし、許す気はない。何としても罪を自覚させ償わせたい。
味方を多く作らねばならない。
そのためにも最低でもネム陛下やマスカート子爵を味方に引き込む必要がある。
だが彼女達も魅了されている可能性が高い。
懐かしいクロスロードに逃げ込みたかった。
味方を作るのはそこまで火急の話ではなく、逃げる言い訳だ、とは自覚していた。
それでも今はとにかく帰りたかった。
だがヒレンは首を振った。
クチナワが確認したこの任務の条件面、
確かに「取り残されたパーティメンバーの救出」は成功となる。
だが
勇者が行う予定だった任務そのものは失敗のままである。
ヒレンはソレを成功させて、逃げるのではなく凱旋してやりましょう、と
目を腫らしたまま、言った。
まっすぐ目を私に向け、口を真横に結び、おそらく私が初めて見た決意の顔で。
クチナワもしばし考え込む。
メンバーの救出だけよりも、勇者が逃げた任務を我々が成功させる事で、勇者の「伝説」を伝説の座から引きずり下ろす事が可能じゃ、と言う。
ミスリルランクの神通力を破る事になる、と。
勇者と敵対するなら確実に有効な一歩になるじゃろう。と
ヒレンの顔を見ながら、
その決意を見ながら、
「妾の方が姉さまを甘く見ておったわ」と困った様な笑いを見せて。
私の思っていた以上にヒレンの魂は強かった。
私の眷属二人は、ただ嫌な事から逃げる事で頭が一杯だった私なんかより、よほど強かった。
魅了されて無くても私には選択肢が見えていなかった。二人には感謝だな。
迷宮は私の心にもあった。
出口を探すのではなく、ソコに逃げ込むための出口の無い迷宮だが。
だが、今、迷宮の出口につながる光が見えた気がする。
よし、私達であのダンジョンを攻略してしまおう。
自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。
同じ転生者である勇者と敵対する道を選ぶ気合だ。
この時のヒレンの目の決意が勇者への殺意とそのさらに奥に私への愛情の、その質の変化を示していたことに私は気付かなかった。




