24話 後悔という牢獄
「ここからなんじゃ」
とクチナワが言う。
まだ、本当に辛いのはここからなんじゃ、と
この毒は、自分が、自分の意思で選んでしまった、と思った時魂を殺すのじゃ。と
「記憶が呪いになる、そういう毒なのじゃ」
◇◇
ひとしきり泣き、感情が落ち着き、ヒレンが眠るのを確認して、階下に降り、クチナワと今後の事を相談する。
テーブルを挟んで座り、
「ここからなんじゃ」
と言われた時もまだ理解していなかった。
クチナワの説明を聞き、私自身の記憶を整理し、
コレが既に何年かの勇者の活動でその全体に広がっている事に気付き、愕然とする。
クチナワが居れば解呪は出来るだろう。だが、どこまで解呪していいのか、むしろ、魅了の話をどこまで話して良いのか。
勇者は勇者なのである。
その者を貶める事を言ったところで魅了されていない人であっても信じるのは勇者の方だろう。
魅了されている人間はそもそも疑うという選択肢すら無いだろう。
迂闊な事を言えば世界が敵に回る。
そして戦闘力は間違いなく「勇者」なのである。
まずは私の身近な人達、出来れば権力者へ話を持って行くべきだろう。幸い権力者には困らない。
ただし、話の持って行き方を間違えると、簡単に世界が敵になるだろうな、等と色々な話をする。
かなりの時間が過ぎ、夜中になったのもあって、私達も寝よう、とヒレンの寝ている部屋に戻る。
暗闇の中、何度か嗅いだ血の臭いがした。
扉を開けた瞬間恐ろしい程の濃さの血の臭いだ。
ヒレンは無事か、と慌ててベッドに向かう
何かを踏んだ。
足に絡まるコレは髪か。
絡まるのを解こうと手に取る。ずしりと重い。
頭皮がそのままついてくる。
なんだコレは、と部屋を見渡す。目が慣れてきた。
体の一部があちこちに散乱している。
アレは足か、アレは腕か、髪の塊が何個かある。
皮膚らしき布の様なモノがあちこちにある。
骨の様なモノ、肉も塊であちこにちに散乱している。
内臓であろうか、床に散らばっている。
ヒレンは?どうした、無事か?やっと人の形を取り戻したばかりだぞ。もしかしたら今度はさすがに戻せなくなっているかもしれない。どこだ?
部屋の隅にうずくまっている黒い影が見えた。ヒレンだ。人の形だ。
ではコレは、人の一部であったであろう散乱しているコレは誰だ?
クチナワが何かに気付いたらしく、口に手を当ててソレを言い出すのを自分で止めているような様子で居る。
ヒレンから伝わってくるのはただひたすらに後悔。しかも今までに無い真っ黒い後悔。
伝わってくる事だけで私まで押しつぶされるかのような錯覚に陥る。
ヒレンが私を見上げた。イヤイヤと首を振る。
大丈夫だ。お前は私の家族だ。と抱き寄せる。
ごめんなさい、ごめんなさい。と泣き始めた。
言葉は要らなかった。
眷属として伝わってしまった。
何があったか。伝わってしまった。
それほど大きな感情だった。
謝るのなら私だ。
私が選択を誤ったからだ。
私がヒレンを派遣することを選んだ様に、ヒレンもまた選択肢を見つけられず、勇者が指し示すまま選んでいた。
勇者のハーレムの一員になることを。
私は迂闊だった。
クチナワの言う、記憶が呪いになるというのがやっと私にも理解出来た。
魅了されての選択は選択肢そのものが見えなくなっている。
絶対選ばないことを、自分の意思で選んでしまう。
愛を求められれば自分の意思で愛してしまう。
自分の意思でだ。
ヒレンは当然最初はそんなつもりも無かった。想像すらしていなかった。
だが勇者を見た時
求められれば応えるモノ。
そういうモノだと思っただけで。
嫌悪感とかは無い。そもそも愛とか恋とかすら無かったかもしれない。
ただ、自然に、選んだ。
後で知った事だが
最初は勇者も執着した。ダンジョンに入ってもすぐ何かと理由をつけて宿に戻った。
少しでも長く、何度も。
他の娘が嫉妬する程度には。
何度か抱いた後、勇者は気付いた。
この魔力の奥底にある魔力は以前、勇者が戦ったが討伐しそこね、逃げられたゴキブリだと。
転生者の眷属という事は知っていた。
もしかしたらソレを知っているから執着したのかもしれない。
だが美女は変異しただけのゴキブリだった。
執着していた玩具は捨てるべき汚物に急変した。
そもそも年増過ぎて自分が抱いてやるべきでもないじゃないか。と勇者は思った。
今さらだ。と思い至った。
もう抱くことはない、ゴキブリだ。嫌悪感すらあった。
嫌なモノを抱いてしまった。自分が被害者だ、と。
そしてダンジョンで奇襲され、ハーレムのお気に入り達が死んだ。
半狂乱になって死体を抱いてダンジョンから逃げ出した。
なぜかついてくるゴキブリに、その場で留まって魔物を一匹も通すな。と命じて。
◇◇
人としての姿を失うまで、魔力が無くなるまで、勇者に命じられた事を守るのは
愛なのか。ソレも今はもう誰にもわからない。
ただ、
勇者の毒から解放され、落ち着いた時、ヒレンは思い出してしまった。
自分の選択を。
触られたところ、撫でられたところ、愛撫されたところ、思い出す限り体から取り出し、引きちぎって投げ捨てた。
黒髪を撫でられていた。引きちぎった。
頬を撫でられていた。引きちぎった。
唇にキスの感触が残っていた。バラバラに引き裂いた。
舌の感触があった。引き抜いて投げ捨てた。
耳を、首筋を、乳房を、背中を、愛撫されていた、キスされていた。すべてを引き裂き、投げ捨てた。
体の中にまだ残っている気がした。すべて引きずり出して投げ捨てた。
何度も引きずり出した。
体が何人分か出来上がる程、引き裂いて千切って投げ捨てた。
何度でも再生してくる。何度でも千切った。
でもまだ魂が残っている。
千切れない。だが引き裂かれそうだった。
ただ後悔する。
◇◇
言語の理解は何の役にも立たない。
家族だと散々言っていたが、では家族としてどう声をかければいいのだろう。
前世を足しても何も思いつかない。
いや、こういう時はこう言えばいいとか賢しらに思い描いていた気がする。
その内のただのひとかけらも出てこない。
何を言っても飾り付けられた空虚で浅はかな言葉にしかならないと思った。
気休めを伝えたところで、もはや魂は記憶をよみがえらせるたびに何度でも傷付く。
致命的な毒を受けてしまったのだ。
後悔という檻に魂がとらわれるのを感じた。
こういう時、抱きしめるとかすればいい、とゲームやアニメでは思っていた。
だが実際に今、思うのは、そんな事していいのか、
むしろソレは嫌なんじゃないかという不安しかない。
私も男なのだ。男が触れてはいけないのではないか、と。
考えてしまうと体も思考も何もかも金縛りの様に動けなくなった。
ヒレンの目と目が合った。
不安だ。不安がどんどん大きくなりソレをまた不安に感じる。
どんどん膨れ上がる不安を誰かが抑えてやらねばならない。
何か考える間もなく不安ごと抱きしめていた。
ただ抱きしめて泣いた。
ついさっきの涙とは違う、嬉しさなどどこにもない、魂の慟哭。
暗く重い涙だった。




