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23話 勇者の毒

クチナワは毒の専門家である。

魔界の住人は体ではなく魂が常に基準である。


この二つが揃っているクチナワなので気付けた。


「勇者の毒が魂を侵しておる。迂闊に解毒すると、自ら死を選ぶやもしれぬ」


勇者が毒を使うとは聞いたことも無いし、解毒で自ら死を選ぶ様な毒、とは?


「魅了じゃ」と忌々しそうに吐き捨てる。


そういえば勇者の言動、なかなかに挑発的だが不思議と怒りが湧いてないな、というか今回のヒレンの派遣も、ネム陛下というカードを使えば拒否出来たりそもそも条件を変更させる事も出来たのでは?


等と色々な選択肢が一気にあふれてくる。


なぜそれを思いつきもせず、なぜ納得したのか。


クチナワを見ると、なんとも言えない、困ったような泣きそうな顔をしている。


そうか。


「私も、か?」


黙って頷く。涙をこぼしながら。


解毒出来るか?と問うと


「姉さまと比べると小さな毒なのじゃ。まだ間に合う。耐えてくだされ、妾がついておる、姉さまもこのままではダメなのじゃ」

と泣き声になりながら言う。


天井を見上げる。

この状況でも勇者への怒りは恐ろしい勢いで霧散するのを感じる。


覚悟を決める

「やってくれ」とクチナワに頷く。

クチナワが私を抱きしめる。

またあの子守歌を歌っている。と思った時一気に堰が切れた

涙が流れる、不安が溢れる、怒りが沸き上がる、哀れみか悲しみすら感じる。


なんだこれは、感情がグチャグチャになる。

色々な事が堰を切ったと言わんばかりにあふれる。


「阻害されていた感情が一気に噴き出すのじゃ。反動ですじゃ。耐えてくだされ」痛いほど抱きしめながらクチナワが泣きそうな声で言う。


なぜあの時あの選択肢を思い浮かべなかった、そういった記憶の濁流とソレに伴う苛立ちや怒りの感情が同時に来る。

なぜ私はうまく選択できなかった、なぜ納得した。なぜ。

子守歌が落ち着かせる、そう感じる事と怒り等が湧きあがる事が同時に来る。

無意識に叫んでいた。


どのくらいの時間が過ぎたか、おそらく数呼吸程度だとは思う。

静かだ。子守歌が心地よい。

クチナワに抱かれている。こんなに心地よいモノだったのか。


膝立ちになりクチナワにすがりついて泣いていた。

立ち上がり、クチナワを改めて抱きしめ、ありがとう、と声をかける。


「おかえりなのじゃ」と泣きながら微笑むクチナワ。


転生者は毒や状態異常が効かないのではないのか。

むしろそう思っていたからこそ油断していたのだろう。


魂は毒に抵抗が無かったのか、

そもそも勇者の方が神による能力なので抵抗を上回ったか。

「ほとんどの毒」の例外の方だったか。

その全部か。


「対策はあるか?」とクチナワに聞く。

「軽減させる事は可能じゃ。先程魅了と聞いた時、自らの記憶から不審感を感じたであろう?魂は知る事そのものが抵抗にもなるのでな」

そして続ける

「どこまで効果があるかはわからぬが、魅了とわかっておれば軽減する事は可能じゃ、どのような毒でも完全に解毒できずとも軽減は出来る。また一度解除出来れば抗体も出来るゆえな」


「私は毒の専門家ぞ?」


落ち着かせようと言う意思と不安と自分への無力感をダダ洩れにしながら得意げに語る。

演技は下手な専門家だ。


完全には無理か、しかし出来ない訳でもない、と自分に言い聞かせる。

対抗策はある、ここから先は自分の意思次第だ、舐めるな。と。


魔力が失われ、体の維持すら出来ていなかったヒレンをこのままには出来ない、しかし先程自分で体験したアレはそもそもの転生者固有の、毒への抵抗で軽くなってすらアレである。


抵抗の無いヒレンに今すぐやって耐えられるのか?悩む。


クチナワが覚悟を決めたように静かに言う


「体を治す前に魂に取り掛かった方が良い」

魂に体は影響を受ける、というのがクチナワの説明。


家族であり毒の専門家が言うのだ、悩む必要はないだろう。


やろう。覚悟を決め、ヒレンの横に座りヒレンの頭を抱き寄せる。

私もクチナワもここに居るぞ、と、どこにも行かないぞと言い聞かせる。


抱きしめつつ、クチナワに向き、頷く。

クチナワがまず部屋に向けて何かを唱える。

防音じゃ、と


ヒレンが叫びを上げる、

魂の叫び、絞り出す様な悲痛な声。断末魔と言うモノ。

抱きしめようとする私を振り払い跳ね飛ばす。

クチナワが代わりにすがりつく。

ヒレンのパワーならクチナワでも無理だ。と思うがかろうじてクチナワで拘束出来る程度の力しか出ていないらしい。

コレも先に魂に取り掛かった理由か。


二人がかりで抱きしめる。

私の魔力を浴びせつつ。


ここに居るぞ、と言い聞かせつつ。ひたすら抱きしめる。

魂が絞られる様な、こんな声が出せるのか、と驚く叫びをあげる。


違う、コレもヒレンだ。この魂を持つのがヒレンだ、と自分に言い聞かせる


私がこの世界に来て最初に出会った。


最初からヒレンが居た、この世界とはヒレンが居る世界だ。

私にはこの世界はヒレンと共にあったのだ。と


戻ってこい、と言い聞かせる。

私はここに居るぞ、と。


クチナワも姉さま、妾はここじゃぞ、と言い聞かせている。

二人とも魔力を浴びせている。

眷属に他の魔力もどうだろう、と一瞬だけ思ったが、いや家族だからコレでいいのだ、とむしろ納得する。


直接抱きしめ、魔力でも抱きしめるように、ひたすら暴れるヒレンをおさえる。

ヒレンを抱きしめているのか、のたうつヒレンの魂に私達がすがりついているのか、もはやわからない。


どのくらいの時間が過ぎただろう


静かだ。


気付いたらヒレンが暴れていない。

頭を撫でられた。


顔を上げる、ヒレンが涙を流しながら微笑んでいる。

頭を撫でる手は人の手に戻っている。

体も人の体に戻っている。


戻って来た。


戻って来たのだ。


おかえり、と声を出したつもりだが、何かよくわからない音が口から出た。

涙でよく見えない。顔を両手で挟んでよく見せてくれ、見えないと笑った。


クチナワと二人で子供の様に泣いた。

ヒレンも子供のように、泣いていた。

三人ですがりついて泣いた。


ただ泣く、何も考えず泣く、ソレが、戻って来た証拠だ、と。




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