21話 ヒレンの居ない日
この世界に来て、最初からヒレンは居た。
宿の朝、目を覚ました時に、なぜか最初の日の様に私にのしかかって舐めてくるか目を覚まさず起こすのが大変な、どっちにしても面倒な人が居ない。
今日はどこの食堂に朝食を食べに行こうか、と思いつつ宿の部屋で着替えさせる手間のかかる人が居ない。メイド服を着せるのは慣れてしまった。メイドはどっちだ。
階段を降りつつ、肩や頭を齧る人が居ない。
街中を歩いても迂闊に目を離すと魔力を含む売り物や、美味しい食べ物を勝手に食べようとする人が居ない。
露店の店主に餌付けされて足を止めているか、いつの間にか両手に何かもらって食べている人が居ない。
ギルドで依頼を選んでいる時に、いつの間にかロビーの酒場で他の冒険者に餌付けされている人が居ない。
食事中にちょっと高級な食器ごと齧ってる人が居ない。
気付いた時にいつも居る人が、今は居ないというのは一々ダメージが来る。
いや、戻ってくればソレまでなんだし、何日かだけの話ではある。
すぐあの無表情でジト目な顔も帰ってくるだろう。
勇者はアレで本当に戦闘力は凄い。食事の前の運動といった気軽さでダンジョンボスも倒してしまうだろう。
とりあえずこなす依頼は街中で完結する依頼にしておく。
クチナワが得意とする探索系などがイイだろう。
クロスロード市街の下水で、未登録の住人が潜伏していると思われるのでその確認と拘束の依頼。
治安維持と間者の排除の意味もあるので定期的に見かける依頼だ。
登録済みであっても下水に住むのは許可されないので、とりあえず居る奴は問答無用に捕まえるといった依頼だ。捕まえた後は官憲と役場の仕事だし。
下水に降りる場所はどこも厳重に鉄格子が施されているが、水の流れを阻害しない様になっている為に正直「入ろうと思えばどこでも誰でも」なのは否めない。何せ規模の大きな都市、メンテナンスで出入りも多い。
本来なら光源を持ち、しらみつぶしに人の痕跡を探す手間のかかる仕事だが
クチナワが居る。
クチナワの眷属を下水網の依頼エリアに手広く配置するだけである。
そして見つけた潜伏者をクチナワの魔法で拘束する。
拘束した潜伏者を私が背負って下水を出る。
背負って歩くだけの簡単な作業だった。
クチナワが首を傾げている。
「主様、どうやらアンデットが居る様じゃが、如何いたす?」
今回の依頼では対象外だが、こういう場合、報告義務はある。
とりあえず確認はしておくか、とクチナワが見つけた場所に向かう。
野垂れ死んだ未登録者か、殺害され投げ込まれた被害者か、それだけでも確認しておかねばならないから。
明らかに斬られた人型のゾンビが蠢いている。
背中からバッサリだ。
こういう時、マスカート卿が居るとその死体の歴史を見て犯人がすぐわかるのになー、と思いつつ、このゾンビを殺した犯人、じゃない、ゾンビになった死体を作った犯人を逮捕させねばならないんだよな、
と、勝手に歩く証拠をどう提出するか思案する。
傷がわかるように拘束しなきゃなーと思っていると、
「主様、浄化してしまって宜しいかの?」
と答えはわかってるけど一応確認します、といった感じでクチナワが聞いてくる。
え?浄化出来るの?魔界の住人だったのに?神官でもないのに?と驚く
「妾は生と死の境界を見守る番人でもあるのじゃがな?知らなんだか?」
そういえば蛇って死と再生をつかさどってたな。
脱皮する姿から再生の方ばかり記憶にあったが、そうか、脱皮からの再生イメージ、コレの対局で死の方も担当になってたのか。
うっかり、良し、と言いかけて飲み込む。
いやあの歩く死体、一応殺人の証拠なんだよな。と
浄化したら傷口わからなくなったりしない?と確認する。
「なるほどのう、そういう事ならこう致すとしよう」
と言うと手早く何かを唱える。
蠢いていた証拠君、動きを止めてそのまま膝から崩れ、倒れる。
原型はとどめて追加の外傷もない。
どうやったのか?と問うと
「魔力の供給を止めた」と事も無げに言う。
なんでも魂だけの死者とか意識があるアンデットと違い、ゾンビは魂の無いただ動くだけの死体であり、アンデットと呼ぶのもおこがましい話だそうで。
魔力の供給を止めるだけで息の根も止まる、と
アンデットが普通の住民だったりする魔界だとそうなのだろうなあ。
魂が基準か。
そして魂が存在しない分、モノに対する魔力の動きを阻害するだけの話で「誰にでも出来る」話だそうだ。
案外、アンデット対策の常識が崩れる話だったりしない?
そんな訳で腐乱した動く証拠は、動かぬ証拠になった訳だが
腐乱してるんだよなあ。
持って出るの嫌だなあと思いつつ、官憲に提出し、こちらも片付ける。
依頼の潜伏者も届け、依頼を完遂し、クチナワと共に共用風呂に行き、体に臭いを残さないように綺麗に洗う。
石鹸も奮発して香り付きの奴にする。
そういえばヒレンがこの石鹸、美味しい匂いだと齧って泡吹いてたな。などと思い出し笑い。
男風呂は空いていたが女風呂の方は結構混雑していたそうで、なかなか出てこないクチナワをロビーで牛乳を飲みながら待つ。
この牛乳を瓶ごと齧ってせっかく着たメイド服を真っ白にしてクチナワに再び風呂に連行されてたな。などと思い出す。
風呂からの帰り道、クチナワと共に歩き、彼女の足音を聞きながら、ヒレンはすぐ肩などを齧ろうとしてくるので歩きにくく、歩幅が変わるばかりしていたな、とかを思い出す。
なんか大きな子犬飼ってた感じだ、などと思いつつ、早く帰ってくるとイイな、と素直に思う。
帰ってきたら、また手間をかけてやろう。




