2話 美女の正体
記憶を整理する。
便宜上、昨日としているがそもそもアレは今からどのくらい前の話だろう。
確かこの世界に降り立った時の空は明るかった。
今はどうだ。夕方か朝か、明らかに薄暗いし気温も低い、湿気の高さから想像できるのは夜霧でも出た後の早朝の様だ。
最低でも日付は変わってるという事か。
周囲は?と首を巡らすがどうも森の様だ、ただし鬱蒼とした深い森ではなく、それなりの木の間隔のある森の入口辺りか、空も見える。
そして無限の魔力を求め、応えられたハズだが魔法は使えなかった。
コレは何らかの不具合、もしくは仕様として詠唱のルールがあると見て間違いないだろう。
というかまずは組み敷いて動こうとしないこの女だ。
体を起こす事も出来ないので早くどいてもらいたい。
あの巨大なGもどこに行った?
早めにここから動いた方が良い気がする。
とりあえず両肩を持って離そうとする。
両肩だ。
ぢつと手を見る
右手がある。
着ていた服は肘あたりから先が無くなっているので一度無くなったのは夢ではなさそうだ。
服も血の跡であろう、褪せた赤色で染まっている。
なんだ、再生能力でもあったのか。
「存在」が何と言ってたかな。
オーダーした望み以外にもサービスがあった。
一つはこの身体。
元の身体のままだと単純にウイルス等の「感染症」でほぼ高確率で数日で死ぬであろうし、その逆に「この世界」に新たな感染症を持ち込みかねないから、この世界でこの世界の生物として作られた、と
そして感染症全般、ついでにほとんどの毒はほぼ無効、と優秀なサービスだったハズ。
さらに元の年齢がアラフォーを通り過ぎてアラフィフに足突っ込んで否応なく衰えを感じる年齢だったのが、少年と青年の間の「丁度良い」年齢
見た目は普通の日本人だ。普通の黒目黒髪。短めの髪に目元も普通。
良くも悪くも特徴の無い、整った顔立ちと言う奴ではある。
目も良くなって眼鏡も要らない。
頭髪もまだ見てないが気にならないハズ。フサフサ。
腰も肩も関節が痛くない。
おっさんにはソレだけで十分すぎる。最高だ。
しかし優秀だが、再生までついてるという話ではなかったハズ。
そしてお約束なギフト的な物としてオーダーした能力とは別にパックとして簡易的な鑑定、言語全般に対する理解。があったハズ。
言語全般に対する理解がどの範囲なのか?とか鑑定って何か?
さっそく試す機会だな。
「離してくれないか?お姉さん?」
と声をかける。この言語は自分の日本語のままの様だ。
やっと顔を上げた。
歳の頃は20代後半~30前か?
こういう時はもっと若いものだと思うが。
髪型は姫カットという奴か。
長い艶やかな黒髪を顔の周りだけざっくり切りそろえている。
黒目で切れ長の目、整った、と片付けるには整いすぎているが恐ろしい程の美女だ。
細身の身体に長い髪、おそらく立てば腰まではある。
押しつぶされた豊か・・まあほどほどの胸。
決して筋肉質と言う訳でもないのに押さえつけられてまったく動かせる気がしない程度の力、というか怪力。
と思ってると
「美味しい」
反応があった。
いや美味しいって何が?
そしてこの女の言葉は古代魔法言語だと「知っていた」
呪文の詠唱に使われる言葉だが当然単語の理解があれば会話にも使える。
言語の理解って凄い。コレ、通訳を仕事にすれば食うに困らないんじゃないか?
美女が上げた顔は恍惚という以外思いつかない程、うっとりとした表情。
舐めるのは止まったが動く気は無さそう。
再び頼む前にひとまず鑑定を試す事に、どう使えばいいのか、と思案した時、
頭に浮かぶ。
はっきりと見える訳でもなく「なんとなくそう」な感じで頭に浮かぶ、
対象を理解する、といったところか
この美女は魔法生物だ。
そして眷属だ。
私の。
・・・何?どういう事?
と混乱し始めた時、新たな乱入者が現れた。
「なんだ、お楽しみ中かよ」
と下卑た声、というのがぴったりな声が降って来た。
こっちは共通語、というのが理解出来る。
便利だ。やはり通訳で食っていけるな。
THE山賊といった風の男が数名、下卑た笑い以外どう表現しようか悩む程、下卑た笑いを漏らしながら近づいてくる。
「俺達も参加させてくれよ」
雑魚です、と顔に描いてそうな男達が周囲に集まり、少し遅れてリーダー格といった男が近寄り女の手を持って引き起こす。
女は苛立ったようではある。寝起きで即引き起こされた様なものか。
と思っていたら酷い衝撃と痛み。
傍観者のつもりだった私が蹴り飛ばされた。
この辺も雑魚のテンプレのまんまだ。モヒカンとトゲ付きの服でも着てるならともかくソコは特徴の無い服装で残念だ。
リーダー格の男は明らかに上等な服をきっちり着ている、他がお世辞にも上等とは言い難い服なだけに対比してしまう。
他の連中と違い森に居る服ではない、近くに街道なり村でもあるって事だな。
「こんなボーナスがあるのならコレだけで十分モトは取れるじゃないか」
と周囲の男に声をかけながら女に顔を寄せ「逃げるなよ?」と脅しをかける。
と、女が口を開く
喋るためではなく、大きく、欠伸をするかの様に。気負いも何もなくただ開いた。
ただ目の前に来たから、手を振りほどくより先に「その方が早いから」というのが「伝わってきた」
噛みついた、
嚙みちぎった。
絶叫が響く。リーダー格の男が女を振り払って2~3歩後退して尻もちをつく。
周囲の雑魚山賊といった風貌の男達が何が起きてるのか理解出来ず間抜けな顔を晒す。
女は「思ったほど口が開かない事」に驚いているし、噛みちぎった肉が思いのほか美味しくない事に驚きつつもぐもぐと口を動かしている。というのが伝わって来た。コレが眷属効果か。
そして倒れたリーダー格の男に向けて歩き始め・・・たのを見て周囲の雑魚達が止めようと手を掴む。
「おい、姉ちゃん、何してんだ」
掴まれた方は不思議そうにその腕を見、その腕の持ち主の男の顔へと視線を上げる。
と思ってるうちに腕をつかんだ山賊風の男が裂けた。
腕をつかみ返して、裂いたのだ。裂けるチーズみたいに。
寝起きで無理に起こされたら攻撃的になるの、あるあるだな。
その後は地獄だ。
寝起きの駄々っ子だアレは。
普通なら蜘蛛の子でも散らすように逃げそうなものだが、殺せと叫ぶリーダーへの忠誠があるのか意外と抵抗した。
そしてリーダー風の男も、逃げるという発想が出なかったのか剣こそは抜いたものの逃げ損ねそのまま裂かれた。
寝た子を起こした因果応報という奴か。過剰な報いな気はするが。
人が裂ける時、骨が砕け、絞られた袋が破れて血が噴き出す様な、そういう音がするんだと知った。
時計は持ってないが数分程度の時間しか過ぎてないだろう、それだけで沈黙が訪れる。
何人か居た男達は誰も立っていないし、リーダー格の男も含め、マトモな形で残ってる死体は無い。
大量の血と原型と違う形の死体、などは今までも見た事もないし、むせる程の血の臭いは当然初めての体験だ。
むせかえる臭いはもはや水か何か、気体というより液体だ。
肺に入ると血液に戻るんじゃないかと思うくらいに液体。
吐いた、ソレくらいは許して欲しい。
それにしても、血の海で自分の手についた血を舐めつつ立っている一糸纏わぬ女は何だ、
いや眷属で魔法生物らしいが。
眷属なのは間違いなく、おかげで明確な理由もなく寝起きでイラついた、程度でこの団体を全滅させたのも分かってる。
もう一度鑑定を、と思い浮かべる。
そして理解する。
こいつあの巨大ゴキブリだ。




