16話 ネムフェラーリ=ドーラック
余はネムフェラーリ=ドーラック=テンマである。
大陸に覇を唱える、最大にして最強の国家、テンマ帝国の現皇帝、レンブナント=テンマの妻、皇后というモノである。
ドーラック商会の娘として産まれ、何不自由無く育ち、しかし、商人という枠を過少に評価し、もっと大きな事が出来ると信じ、冒険者になり、帝国中を旅し、その旅で様々な仲間を見出し、とある冒険で皇子だった旦那を捕まえた。
一介の商人には不可能なサクセスストーリーであろうか?
私には秘密がある。
マスカート卿の様な転生者でもなく、アーメル公の様な上級貴族の産まれでもなく、貴族籍の末席にすがる程度の商家の小娘であるが、祖先に転生者が居た。
ドーラック商会の初代はソロバンという計算機を愛用し、一代で大陸有数の商会にのし上げた希代の商人。一族の主だった人間しか知らない事だが彼は転生者である。
彼は「他人の考えている事が判る」という能力を持っていた。
そしてソレは私に遺伝した。
自覚したのはまだ幼い頃。
物心つく以前から仕えてくれていたメイドの娘が退屈な仕事中に
「早く終わらせて今日もまた旦那様に愛してもらおう」
と思い描いていたのを読み取ってしまった。
子供の浅はかな考えでソレを父親に伝えてしまった。楽しみにしてるから早く会ってあげて、と。
今思えばもっと酷い結末を迎える事もあったであろうが、幸いな事に父は子供ですら気付く程に口が軽いメイドを口封じする事無く、母の耳に入る前にと、今までの忠節へ目立たぬ程度の額の礼金を渡し、追放した。
仲良くしてくれていた年の離れた姉の様なメイドが、告げ口したと私に憎悪を向け、泣きながら屋敷を去った事は子供にはトラウマである。
私はこの能力を誰にも言わない。
音楽でも思い浮かべてしまえばもう読み取れない程度の表面だけ読む能力であるが、この能力は知らぬ相手には絶大なカードである。
商人をしていた頃も相手の想定価格を見抜き、どこで利益を上げるつもりか、損害を与えるつもりかも読み取り、熟練の商人達を出し抜いていた。
冒険者になってからは依頼者の目的を読み、見極め。
裏稼業の人間を見抜き、目的や手段を読み取り出し抜いた。
公爵の娘である事を秘密にしていたアーメルも、転生者を秘密にしていたマスカートも、また、大変目立つ存在だったとは言え、どちらも隠しているからこそ、読み取れば後は容易くあの手この手でパーティに引き入れる事が出来た。
魔物相手にすら、高度な知能を持つ相手程、考えている事を読み取れ、出し抜けた。
結果、単純な能力以上の相手を討伐する事も多く、冒険者として一定以上の成功を収めた。
そして、当時はまだ皇子である旦那に出会った。
皇帝の一族はこの手の情報の読み取り、魅了や洗脳といった魔法への障壁魔法が入れ墨として施されており、私の能力も無力化されて本人は読めなかったが、共に居る臣下には施術されていなかった。
行動を共にする護衛の臣下から読み取れる情報だけで十分皇子だとわかった。
今はこんな危険な穴は塞ぐ為に施術範囲を広げているが。
私は今までもそうであったように、求めている事や希望を汲み取り先回りし、叶え、
嫌な事も先回りして解消してみせ、この権力者に取り入ろうとした。
だが、当人の思いが読めないにしてもそれまでに培った想像力や社交力で懐に入るくらいは出来ると思いあがっていた私を一定以上には決して取り入らせなかった。
もう手詰まりになった私は懐に入るつもりが逆に心を捕らえられていた。
なりふり構わずどうしてもこちらを向いて欲しい、そうなった私は、取引を持ち掛けた。
私のこの能力を皇室の子孫に取り込むべきだと。誰にも言わなかった能力を打ち明ける、最終カードを切った。
側妃の末席でも、共に歩む事を許してくれ、と。
結果は今の余の立場である。
不思議なモノである。
名義上公爵家の養子を経由して、しかし家名を残す事を許されるという最大の特例を賜り、正妃となった。
不思議なモノである。
そして今や寵愛を賜り子を身籠る身である。
ほんと不思議なモノ過ぎるでしょ。
身籠ってからは暗殺や、体内の子への呪術的攻撃を避ける為に信用のおける公爵領へ避難をした。
道中、想定していた貴族連中の手駒の襲撃もあったが、マスカート卿、勇者に次ぐ転生者を拾えたのは僥倖だった。
最初見た時は今までにない歴史に残るレベルの魔物と遭遇してしまったと思ったが、読めてしまえばただの人である。
連れの・・ヒレンだったか、かの魔法生物の方が思考が何も無い事に恐怖したものだが、作成されたばかり、とわかってしまえば可愛いモノよ。
生きた魔力溜まりになっていた頃はもう処してしまった方が手っ取り早いと思っていたし、そうも主張したがマスカート卿が反対して結局生かしたのだが。今回は卿が正解だった。
あの者は捨てるには惜しい。素直な性格も良い。
逆に以前知り合っていたもう一人の転生者、勇者殿の方が余程厄介なもの。
かの勇者は自身をこの世界の主人公と信じ込んでおり、他の者が自分を愛するのが当然と思い込んで居る。
この余に対してすら。
どこまでも不敬よ。
まあ、あの若さの上であの戦闘力だ、傲慢になるな、というのも難しいモノなのであろうがな。
警戒すべきではあるが、ソレ以上にメリットも大きい。
清濁併せ呑む、濁の存在だな。
異世界者と言う者は皆、表裏の差の少ない素直な人間なのかもしれない。
心を読んでしまう私などにはそれだけ気が休まる相手でもある。
叶うなら彼等の世界でゆっくりしてみたいものだ。
余の最愛の旦那も大陸最大の国の舵取りをする皇帝であるからな、余の好きにさせてくれる旦那様だ。
余で出来る事くらいは手助けしよう。




