フィアナは嬉しそうに笑った。 「その“普通”が、好きなんです」
その日の夜。
フィアナは、テーブルの上にプリンを置いたまま、じっと見つめていた。
修は不思議そうに聞く。
「……食わないの?」
「食べます」
「じゃあなんで見てる」
フィアナは真剣な顔だった。
「大切なものは、食べる前に眺める時間が必要です」
「初めて聞いた」
フィアナは、そっとスプーンを持つ。
ぷるぷる揺れるプリン。
「……綺麗です」
「宝石扱いだな」
ぱくっ。
次の瞬間。
フィアナの動きが止まった。
「…………」
「ど、どうした」
ゆっくり。
ゆっくりと。
フィアナが修を見る。
目がうるうるしていた。
「修さん」
「ん?」
「これを作った人は、天才です」
「プリン職人に伝えたいな」
フィアナは夢中で食べ始めた。
「おいしいです……」
「甘いです……」
「幸せです……」
修は思わず笑ってしまう。
そんなに喜ぶか普通。
でも。
誰かが美味しそうに食べる姿を見るのは、嫌いじゃなかった。
翌日。
修は掃除機をかけていた。
ぶおおおおおっ。
すると。
「きゃあああっ!?」
後ろから悲鳴。
振り向くと、フィアナが壁際に避難していた。
「ど、どうした!?」
「魔獣です!!」
「掃除機な」
フィアナは怯えた顔で掃除機を見る。
「吸い込んでいます……!」
「ゴミをな」
「怖いです……」
修は少し考えた。
それから掃除機を止める。
「……やってみるか?」
「えっ」
数分後。
フィアナは恐る恐る掃除機を持っていた。
ぶおおおおっ。
「ひゃっ!?」
「逃げるな逃げるな」
掃除機は前へ進む。
フィアナは引きずられる。
「強いですこの魔獣!!」
「家電に負ける姫いる?」
でも。
少しすると。
フィアナは目を輝かせた。
「……ゴミが消えていきます!」
「便利だろ」
「すごいです!」
楽しそうだった。
修はその姿を見ながら、小さく笑う。
昼過ぎ。
洗濯物を干し終えた頃。
フィアナがベランダで空を見ていた。
「どうした?」
「この世界の空は、少し違いますね」
修も隣に立つ。
青い空。
遠くの電線。
小さな鳥。
どこにでもある景色。
「……そうか?」
「はい」
フィアナは、ふわっと笑った。
「でも、好きです」
風が吹く。
銀色の髪が揺れる。
「修さん」
「ん?」
「わたくし」
少し迷うように言う。
「ここへ来る前は、“幸せ”って、もっとすごいものだと思ってました」
修は黙って聞く。
「豪華なお城とか」
「綺麗なドレスとか」
「たくさんの宝石とか」
フィアナは、小さく首を振った。
「でも」
「一緒にご飯を食べたり」
「洗濯物を干したり」
「スーパーへ行ったり」
「そういう方が、あったかいですね」
修は少し照れくさくなる。
「……まぁ、普通の生活だけどな」
「はい」
フィアナは嬉しそうに笑った。
「その“普通”が、好きなんです」




