小さな魔法の灯りが、優しく揺れていた。 修は思う。 ああ。 子どもの頃、信じてたものは。 本当にあったんだな、と。
夜だった。
雨上がりの空気が、少しだけ涼しい。
古いアパートの部屋には、テレビの音が小さく流れていた。
テーブルの上には、食べ終わった晩ご飯。
シンクには洗い物。
どこにでもある、静かな夜。
修は床に座りながら、ほうきを持っていた。
「……ふっ」
ぶんっ。
「魔王軍め」
ぶんっ。
「この聖剣――」
「修さん」
「うわっ!?」
フィアナが後ろに立っていた。
修は慌ててほうきを隠す。
「み、見るな」
「やっぱり勇者様なのですか?」
「違う」
「では騎士様?」
「違う」
「でも剣の構えでした」
「ほうきだよ」
フィアナは、不思議そうに首を傾げる。
でも。
笑わなかった。
馬鹿にも、しなかった。
ただ、小さく微笑む。
「修さんは、夢を見るのが好きなんですね」
修は少し黙る。
それから、照れくさそうに笑った。
「……まぁな」
「子どもの頃から、こういうの好きでさ」
「勇者とか」
「魔法とか」
「冒険とか」
部屋の電気が、少しちらつく。
古いアパートだから、たまにある。
「でも現実は、こんな部屋で」
修は苦笑する。
「ほうき振ってるだけのおっさんだ」
フィアナは、じっと修を見ていた。
そして。
「修さん」
「ん?」
「見せたいものがあります」
フィアナは、両手を胸の前で重ねた。
静かに目を閉じる。
すると。
ふわっ、と。
淡い光が生まれた。
小さな光。
月みたいに優しい色。
それが、フィアナの手のひらの上で揺れていた。
修は、動けなかった。
光は、ゆっくり部屋を照らす。
古い壁。
小さなテーブル。
干した洗濯物。
その全部が、少しだけ綺麗に見えた。
「……え」
修の声が震える。
「……すげぇ」
フィアナは、少し恥ずかしそうに笑った。
「小さな灯りの魔法です」
修は、子どもみたいな顔で光を見つめていた。
「本物の……魔法……」
「はい」
「CGとかじゃなく?」
「じーじー?」
「いや、なんでもない」
修は、そっと光に手を伸ばす。
温かかった。
本当に、そこにあった。
修は、しばらく何も言えなかった。
ずっと。
夢だったから。
勇者も。
魔法も。
冒険も。
子どもの頃、“好き”だったもの。
大人になるにつれて。
みんな笑うようになった。
「そんな歳で」
「現実見ろ」
何度も言われた。
だから修も、だんだん隠すようになった。
でも。
今。
目の前に、本物がある。
フィアナは、小さく笑う。
「修さん」
「ん?」
「夢は、悪いことじゃありません」
光が揺れる。
「わたくし」
「修さんが、ほうきを振ってる姿、好きですよ」
修は固まった。
「……マジで?」
「はい」
「絶対変な人だと思われてるかと」
「少し変です」
「傷つくなぁ」
フィアナは、くすっと笑った。
その笑顔につられて。
修も笑う。
暗い部屋の中。
小さな魔法の灯りが、優しく揺れていた。
修は思う。
ああ。
子どもの頃、信じてたものは。
本当にあったんだな、と。




