「“ありがとう”記念日」
その日の夜。
フィアナは、なんだかずっと機嫌がよかった。
ふんふん、と鼻歌まで歌っている。
修は台所で皿を洗いながら、
少し笑った。
「珍しいな」
「何がです?」
「めちゃくちゃご機嫌」
フィアナは、えへへ、と笑う。
「今日は、“ありがとう”って言われました」
「言われてたな」
「あと、“優しいお姉ちゃん”でした」
「うん」
フィアナは、胸の前で手を組む。
「なんだか、ぽかぽかします」
修は、その顔を見ながら思う。
本当に、
小さなことで嬉しそうにするなぁ、と。
すると。
フィアナが、突然真面目な顔になる。
「修さん」
「ん?」
「わたくし、もっと色々できるようになりたいです」
修は少し驚く。
「急だな」
「今日、思いました」
フィアナは、
テーブルの上の買い物袋を見る。
卵。
もやし。
特売シール。
そんな、
普通のものたち。
「お城では」
「“姫として立派か”ばかりでした」
「……うん」
「でも今は」
フィアナは、少し照れながら笑う。
「ちゃんと誰かの役に立てると、嬉しいです」
修は、少し黙る。
それから。
照れ隠しみたいに言った。
「もう十分役立ってるだろ」
フィアナが、きょとんとする。
「そうですか?」
「うん」
「どこがです?」
「えー……」
修は少し考える。
「部屋が明るい」
「電気ありますよ?」
「そういう意味じゃない」
フィアナは、ますます不思議そうだった。
修は苦笑する。
「お前来る前、もっと静かだったからな」
「静かな方が良くないですか?」
「限度ある」
修は、洗い終わった皿を置く。
それから、
少し遠くを見るように言った。
「飯も、一人だと適当だったし」
「掃除も最低限だった」
「……」
「でも今は」
修は、少し笑った。
「帰ったら、お前いるからな」
フィアナの顔が、
少し赤くなる。
修は気づかず続ける。
「だからまぁ」
「ちゃんと暮らそうって思える」
部屋が静かになる。
フィアナは、
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。
城では。
立派であることばかり求められた。
でも今は。
ただここにいるだけで、
誰かの力になれている。
それが。
たまらなく嬉しかった。
すると。
修が冷蔵庫を開ける。
「おっ」
「?」
「プリン残ってるぞ」
フィアナの目が輝く。
さっきまでの感動が吹っ飛ぶ勢いだった。
「ほんとですか!?」
「うわ現金」
フィアナは、嬉しそうにプリンを抱える。
「今日は特別な日なので!」
「何記念日だよ」
「“ありがとう”記念日です!」
修は、思わず吹き出した。
「変な記念日作るなぁ」
でも。
笑いながら思う。
こういう時間が、
ずっと続けばいいのにな、と。




