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公爵令嬢は悲運の王子様を救いたい  作者: 田鶴


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25.王太子の新しい愛人候補

ヒーローがヒロイン以外の女性とキスする場面があります。

 ある晩、ジークフリートの姿は、アーデルグンデと共に王立劇場のボックス席にあった。


 王族でも婚約者でもないアーデルグンデを連れてロイヤルボックスを使えない為、ジークフリートは側近ルプレヒトを通して高位貴族が使うボックス席を確保した。本来なら、婚約者でもない女性と2人きりでの微行(びこう)では、変装して目立たない場所でデートするものだが、ジークフリートはわざと変装せずに目立つボックス席を選んだ。


 2人のいるボックス席に周囲から遠慮ない視線が突き刺さった。ボックス席の奥の壁際にルプレヒトがいるので実際には2人きりではない。だが周囲の観客席から彼の姿は見えないので、他の観客は2人きりのデートだと思うだろう。


「殿下、こんなよい席で観劇できて感激です。でもよろしいのですか? 注目を集めているみたいです」

「構いませんよ。貴女のように美しい女性とお会いするのにコソコソしたくない」

「まぁ、殿下はお上手ですね」


 ジークフリートがアーデルグンデの前に跪いて手にキスをした。その途端、息を飲んだ周囲の人々の中から、小さなどよめきまで聞こえた。


 ◇ ◇ ◇


 ジークフリートは、それから何度もわざと目立つようにアーデルグンデとデートや夜会のエスコートをして社交界にジークフリートの新しい愛人の噂をわざと流させた。だがアーデルグンデもその背後にいるらしき黒幕も動きださなかった。


 痺れを切らしたジークフリートは、ある夜会でアーデルグンデをバルコニーに誘った。距離を取ることになるが、もちろんルプレヒトも一緒にバルコニーへ出て行く。


「アーデル、踊り疲れましたね。夜風に当たりませんか?」

「ジーク、喜んで」


 その頃、既に2人は人前でも憚らずに愛称で呼び合う仲になっていた。ジークフリートがわざと愛称呼びを許可したのだ。それに伴って2人の話し方もくだけてきた。


 ルプレヒトがバルコニーに通じるガラス扉を閉じた途端、バルコニーでは夜会の音楽が耳を凝らさないと聞こえなくなった。彼はガラス扉の前に留まり、ジークフリートとアーデルグンデはそのまま進んでバルコニーの手すりの間際から夜空と夜の庭園を眺めた。ガラス扉を通じて入る室内の明かりがその2人をほのかに照らしている。


 ジークフリートが合図をすると、ルプレヒトが近づき、あらかじめウェイターから入手していたグラスをルプレヒトとアーデルグンデに渡した。


()()()()()に乾杯!」

「……乾杯!」


 アーデルグンデが乾杯に応えるまで一瞬間があった。


「ジーク……私達の未来を……私は望んでいいの?」

「光の当たる未来という意味ではナイン(ノー)だ。私の婚約者の家の影響力を考えると、婚約破棄はまずい。しかし、教会は一夫一妻しか許さない。君を日陰の身としてしか傍に置けないことを許してくれないか?」

「ジーク……」


 2人はお互いの腕を背中に回した。顔も自然と近づいていき、唇が重なった。ルイトポルトは、ガラス扉の前から険しい表情で2人を凝視した。


 ジークフリートは、アーデルグンデの唇から自分のそれを離す時、哀れなパオラを思い出して胸がチクリと一瞬痛んだ。だが、ジークフリートがパオラに1度も()()()()()()()()()()のは、彼女がアーデルグンデと違って思慮深くなく、すぐに調子に乗るタイプの人間だったからだ。もっともだからこそ騙しやすかったのは確かではある。


「私の話を聞いてくれないか?」


 ジークフリートは、アーデルグンデを抱きしめたまま、彼女に問うた。


「私は光の王太子などと呼ばれて賞賛されているが、内実はそんなものではない。家族に恵まれず、孤独だ」

「殿下と比較してはおこがましいかもしれませんが、私も庶子として育ちましたから、理解できます」


「ありがとう……父は浮気三昧の母の実態を信じたくなくて愚かにも目を瞑って自分を嫌う妻の尻を追いかけ続けている。母は母で若い燕に有頂天になって不倫旅行三昧、夫も息子も放置。それだけならまだ私的な問題で百歩譲って我慢もできよう。でも彼女は王妃として自分の振舞いがどんなに愚かで今の国情に害をもたらしているか分かっていない。唯一、王太后だけはある程度まともではあるけど、彼女の硬直的な古臭い考えは、変化を求める人々には受け入れがたいだろう。かと言って祖母としての彼女も及第点はあげられない。彼女にとって大事なのは孫息子としての私じゃなくてアレンスブルク王国を継ぐ王太子としての私だ」


「ジーク……私でよければ私がお傍にいます」

「ありがとう……私が1番我慢ならないのは、母だ。アレを母と呼ぶのも汚らわしい。でもアレの腹から私は生まれたんだ。そんな私も汚らわしいと思わないか?」

「そんなはずはありません。貴方は誰からも賞賛される立派な王太子です」

「そうだろうか……確かにアレが私を産まなければ私はこの世にいなかった。それだけは感謝しているが……アレの存在そのものが、アレに関わるもの全てが汚らわしくて憎らしい。私も……私自身も汚らわしい!」


 ジークフリートは、自分の家族の話をしてアーデルグンデの出自を聞き出すつもりだった。だが口をついて出る言葉に理性が追い付かなくなり、彼の感情は千々に乱れた。


「彼女そのものと彼女に関わるものを分けて考えなければならないと、本能では分かっている。でもどうしても自分の存在も彼女の祖国ソヌスもよく思えない。私の祖父が国王だから、ソヌスは私のルーツでもあるのにね。どうやったらあんなモンスターを作ることができたのか。ハニートラップにかかった父も父だけど、そんな王女を許して婚約者を交換したソヌス王家が理解できないよ。でもそれを許してなかったら私は生まれていなかった……ハァ……こんな個人的な感情で隣国を本音では嫌うなんて王太子失格だよね……」

「そんなことはありません。個人の感情や本音と王太子殿下としての建前はまた別物です」

「ありがとう……」


 感謝の言葉が自然とジークフリートの口からついて出てきた。こんな会話は、パオラとはもちろん、まだ幼い婚約者のアマーリエともできなかった。だが理性で聞きたいことへ話を戻した。


「でも君がソヌス出身でも私は嫌わないよ。君は君、母は母だ」

「え? 私はアレンスブルク出身です」


 アーデルグンデの驚いた様子は自然な感じで焦っているようには見えない。


「隠さなくてもいいよ。私の母がソヌス出身なのは知っているよね? 話し方というか、イントネーションが同じなんだよね」


 実際にはアーデルグンデの発音の癖は、余程注意しないと気付かない。それを見分けたのは諜報活動をしているジークフリートやルプレヒトならではだった。


「そうですか? ご存知の通り、私はメラー男爵夫人の実の娘ではありません。母がソヌス出身です。男爵家に引き取られたのは結構大きくなってからですから、母のイントネーションがうつってしまったのですね。自分では気づきませんでした」

「そうか。ごめん、話しづらいことを聞いてしまったね」

「そんな、ジークに謝ってもらう程のことじゃありません。不敬になってしまいます」

「私達の仲なんだ、不敬なんてあるわけがないよ」


 ジークフリートが王太子である以上、軽々しく謝罪すれば政治問題になりかねない。でもジークフリートはその時、なぜか謝罪したくなってしまっていた。

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