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公爵令嬢は悲運の王子様を救いたい  作者: 田鶴


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24.毒を食らわば皿まで

 ツヴァイフェル伯爵家を断罪してからしばらく経ったある晩、ジークフリートはとある夜会にルプレヒトと共に出席していた。


 ジークフリートがふと強い視線を感じてその方向を見ると、ヘルミネを彷彿とさせるブルネットの髪の令嬢がいた。力強い瞳はヘルミネと同じ緑色だ。


 彼女はジークフリートと目が合うと、妖艶に微笑んだ。ドレスから零れ落ちそうな豊満な胸といい、くびれた腰といい、男好きする身体つきだが、顔をよく見ればまだジークフリートと同じぐらいの年齢に見える。


 ジークフリートは、隣のルプレヒトにひそひそ声で話しかけた。


「ルプレヒト、父上にあてがう女性は見つかったか?」

「いえ、まだです」

「あれからもうどのぐらい経ってると思ってるんだ。それなら、あのブルネットの令嬢はどうだ?」

「どの女性ですか?」

「右側にいる、真っ赤なドレスを着ている女性だ。あの女を彷彿とさせると思わないか?」


 ジークフリートは、ルプレヒトの返事を聞く間もなく、その女性の方へ近づいていった。


「やあ、先ほど目が合いましたよね。お名前をお伺いしても?」

「王国の小さき太陽、王太子殿下にご挨拶申し上げます。メラー男爵が娘、アーデルグンデと申します。殿下を直視するつもりはございませんでした。申し訳ありません」


 彼女の言葉には、微かにソヌス訛りがあった。


「へえ、外国出身なのに私が王太子だと知っているんだね」

「いえ、私はこの国出身でございます」


 アーデルグンデは頭を下げたまま、そう答えたが、ジークフリートは信じられなかった。


「そうなのか……そうだ、せっかく知り合ったんだ、そんな堅苦しいことは止めにして踊ろう」


 アーデルグンデは、顔を上げてジークフリートと目が合うと、頬を染めて首を縦に振った。


 ジークフリートは、彼女の手を取ってホールの中央に躍り出た。1曲目を踊り終えてもジークフリートはアーデルグンデを離さず、腰をぐっと引き寄せて身体を密着させ、2曲目を踊りだした。2曲連続して踊るのは、通常は婚約者か夫婦だけだ。人々は、2人を見て王太子の次の愛人候補かと噂し始めた。


 ジークフリートは踊りながらルプレヒトに目で合図した。ルプレヒトはため息をつきながら、2曲目が終わりそうなタイミングで飲み物を調達し、バルコニーへ出る2人のすぐ後ろに続いた。


 バルコニーでジークフリートは、ルプレヒトからグラスを受け取り、アーデルグンデに差し出した。


「ダンスで喉が渇いたね。貴女もどう?」

「ありがとうございます」

「では貴女の美貌に乾杯!」

「王国の小さき太陽に乾杯!」


 ジークフリートは、余程喉が渇いていたのか、一気に飲み干した。


「本当に喉が渇いていらっしゃったのね。お付きの方にもう1杯、取りにいっていただいたらどうかしら?」

「いや、いいですよ。飲み過ぎると酔っぱらってしまいますからね」

「あら、私と2人きりになるのをそんなに警戒されてますの?」


 アーデルグンデがクスクスと笑いながらそう言うと、ジークフリートの数歩後ろで控えていたルプレヒトは苦言を呈した。


「君、不敬だよ」

「いや、ルプレヒト、構わない――アーデルグンデ、君とは本音で語りたいからね」

「それは誘って下さっていると思っていいのかしら?」

「君がそう思ってくれるなら、そうでいいよ」

「では、私の望むように解釈させていただくわ。嬉しい」


 アーデルグンデは、ジークフリートの腕に抱き着いて豊かな胸を押し付けてきた。

ルプレヒトは、ゴホンゴホンとわざとらしい咳をして彼女に文句を言った。


「君、殿下は真面目でいらっしゃるから、そういうのは止めて下さい」

「あら、私が聞いた噂とは違うわね。私とは真面目な交際をご希望と解釈してよろしいの?」

「ああ、真面目なのがいいね。でも残念だけど、もうそろそろ行かなきゃいけないんだ。今夜は君と話せて嬉しかったよ」


 ジークフリートは、そう言ってアーデルグンデの手を取って甲に唇を落とした。アーデルグンデは頬を染めた。


「まぁ、お世辞でも嬉しいですわ」

「お世辞なんかじゃないよ。ではまたね」


 そう言ってジークフリートはルプレヒトを従えてバルコニーを出て行った。


 ◇ ◇ ◇


 ジークフリートは、アーデルグンデとの会話の後すぐに、ルプレヒトと共に夜会から退出し、王宮の自室へ向かった。


「ルプレヒト、アーデルグンデ・フォン・メラーをどう思う?」

「わずかにソヌス訛りが気になりますね。でもよく気を付けて聞かなければ気にならないほどです」

「やはりそうか。母上の若い頃を彷彿とさせるような外見だけど、父上に近づけるのは止めたほうがいいな」

「そうですね。不敬にもあちらから殿下のことを見つめてきましたからね。最初から何らかの意図があって殿下に近づくつもりだったんでしょう」

「彼女に近づくぞ。毒を食らわば皿までだ」

「……仕方ないですね。止めても無駄なんでしょう?」

「ああ、無駄だよ。それじゃあ、父上の愛人候補を頼むよ」


 それからというものの、ジークフリートはパオラの時のように夜会でアーデルグンデといつも踊ったり、一緒に外出したりして頻繁に一緒にいられるところを人々の前で見せるようになった。


 ◇ ◇ ◇


 ジークフリートとアーデルグンデの噂話は広がり、まだ社交界デビューしていないアマーリエにも届いた。


 アマーリエはこの頃、王妃教育と諜報員の訓練で忙しく、ジークフリートと会う時間をほとんど持てていなかった。


「ねえ、ジルヴィア。ジークが最近一緒にいる令嬢ってなんという名前なの?」

「その話は腹立たしくてしたくありません!」

「ジルヴィアが教えてくれないなら、他の侍女に聞くしかないけど……」

「はぁ……分かりました。アーデルグンデ・フォン・メラーです」

「えっ?! もう知り合ったの?!」

「私は知り合ってませんが?」

「そ、そうだよね。名前を知っているだけよね」


 思わず叫び声をあげたアマーリエをジルヴィアは怪訝そうに見たので、アマーリエは慌てて誤魔化した。


 アーデルグンデの名前は、アメリーがアマーリエとして目覚める前、160年以上後の世界では、ジークフリートの心中相手として知られている。

 彼女の実家のメラー男爵家は爵位を買った新興貴族で先祖はよく分かっていない。後世では、彼女は一説にはソヌス王国の改革派のスパイだったとも、本当にジークフリートの愛人だったとも言われ、相反する説がある。


 でも心中したのは、アメリーの知っている歴史では今から7年後だ。史実では知られていなくてもそんなに前からジークフリートはアーデルグンデと知り合っていたのか、それとも今のアマーリエがタイムパラドックスを起こして彼は彼女と早く知り合ったのか。


 いつジークフリートが心中事件を起こすか、いや心中を装って殺されるのか、アマーリエは不安で仕方なくなった。

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