第八話
瑞華国皇帝・黎陽の王弟であり。
瑞華国の兵馬を統べる鎮国大将軍。
それこそが、宗 彰玄……その人であった。
「(…………何故、あの女は青褪めて震えている?)」
黎陽の命令を得て、面を上げた明葵の視線が彰玄を見た。
「(……目を、逸したから……いや、違うな。)」
王弟の彰玄が女一人をジッと見詰める。
そんなことをすれば、明葵が喧しい宮廷雀共の嗤い者だと。
彰玄は、凛に事前に忠告されていた。
だからこそ、彰玄の姿を見て驚く明葵の顔を一目見るに留めたというのに……。
「(……これは……敵意、か?)」
何故だろうか?
何も害していない筈なのに、明葵から湧き出る敵意を感じてしまうのは?
「(……意味が分からん)」
出会ってからまだ数日。
共に過ごした時間など、数刻にも満たない。
思い返しても……思い当たる節がない。
「して……白家当主、泰山よ。
そなたに対し、霊山から湧き出る真水を独占していると言う嫌疑を連名で提出した者たちがある。」
口角を上げた黎陽が、冷たい声音で告げる。
「言を許す。
申し開きが有るならば、この場で話してみよ。」
「恐れながら申し上げまする。」
冷たい黎陽の声音に怯むことなく、泰山は抑揚のない低い声で応じた。
「霊山より湧き出る水は、全てが泥水に御座いまする。
真水など、一滴も湧き出てはおりません。」
無表情の泰山は、その名の通り動じることなく構えている。
「空言を吐くでない!」
「そうだ!
白家の者が真水を配っているのを私は見たぞ!」
「民草なんぞに配る水があるならば!
王宮に納めることこそ、誠の臣下と言うものだ!」
「税を取り立てるだけが存在価値の平民如きに、タダで真水をくれてやるわけがない!」
「白家如きに、霊山の管理を任せることが間違っておるのだ!」
一人が囀り始めれば、我も我もと叫ぶ宮廷雀達。
「…………」
しかし、何を叫ばれても泰山は黙して答えない。
「何故、答えぬ?」
「やはり後ろ暗いところがあるのであろう!」
「山仕事で泥まみれの貴族とは名ばかりの卑しい一族よ!」
「だいたい、何故この神聖な玉座の間に、売れ残りを連れてくる必要がある?」
「そのような醜女に、高貴な我らを誘惑させるつも……」
ガンッ!!
「静粛にせよ。」
さんざん囀っていた宮廷雀達の口が閉じる。
玉座の間に集う貴族達の視線が、玉座の隣に立つ彰玄へと集中する。
「恐れ多くも皇帝陛下の御前である。」
床に叩き付けた鞘に入ったままの彰玄の剣。
「口を慎むがいい。」
絶対零度の黒曜石の瞳。
麗しい美貌に浮かぶ酷薄な笑み。
恐ろしいほどに美しい男。
「ふむ……泰山よ。」
彰玄が黙らせた隙に、黎陽が当然のように口を開く。
「はい」
「何故、申し開きをせぬ?」
黎陽の静かな……だが、有無を言わせぬ視線が泰山を射る。
「必要ありませぬ」
「では、このまま大人しく罪に問われても構わぬのだな?」
黎陽の言葉に、泰山が初めて真っ直ぐに皇帝を、そして……その隣に立つ彰玄を見た。
「陛下も、王弟殿下も、既に答えを得ていらっしゃる。
……ゆえに、我が娘をこの場にお呼びになった……違いますか?」
挑むような眼差し。
明葵を連れて来いと命じた書状を受け取った……その瞬間。
泰山だけでなく、家族はみんな薄々気が付いていた。
「…………お父様……?」
口の中だけで小さく呟いた明葵。
その声には困惑が宿る。
父を、家族を死んでも守ると決めた明葵の覚悟。
だが……それとは、別の方向に事態は転がり始めている予感を覚えていた。
「……く、くっくっ……!
ふっはははは………!」
急に笑い出した黎陽に、宮廷雀達は目を瞬かせ、困惑する。
「くくっ……ふ、はは……」
目尻に浮かんだ涙を拭う黎陽に、明葵だけでなく多くの貴族たちが茫然とする。
「ふふ……面白い男だな、泰山よ。」
小気味いい男だ。
「ふむ……お前がもう少し若ければ、我が夫の一人に迎えても面白かったかもしれぬな。」
「お戯れを、陛下。
この身は、尊いお方の側に侍るような身分ではありませぬ。
泥にまみれても咲く、雑草並みの蘭の花の隣が精々で御座いますれば。」
「ははっ! 戯言だ、許せ。」
もう一度、黎陽は笑い……その瞳が、泰山の後ろに控える明葵を捕らえた。
「して、白家直系長姫たる明葵よ。」
「……はい」
平伏して答える明葵。
「霊山の泥水を真水に変える手法を、余の眼前にて披露せよ」
ニイっと口角を上げ、悪どい笑みを浮かべる黎陽。
「(…………姉弟だわ……)」
絶体絶命とは言わない。
だが……それなりに緊迫した状況にも関わらず、明葵の心には現実逃避のような感想が浮かんだのだった。
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