第七話
瑞華国の王都、最北端に鎮座する王城。
雄々しく連なる霊山を背後に、南側へと広がるように発展している王都。
まさに、王城の真裏に位置するように有る白家の屋敷。
五月蝿い宮廷雀達は、今日も嗤うのだ。
『華やかな王都からのはみ出し者。』
『王都一の日影の一族。』
一番近いようで、遠い。
……それが、王城と白家の屋敷だった。
白家当主・泰山に伴われ、白家直系直姫として、王城内を歩く明葵。
大柄な体躯と厳しい顔立ちに、面と向かって泰山に声を掛ける者などいなかった。
「…………あれが、白家当主か……」
しかし、声を潜めて囁やきあう宮廷雀たち。
「おやまぁ……王城に相応しくない質素な衣だこと。」
「満足に衣も買えぬか。」
「霊山の利権を独占しているくせに。」
質素倹約を是とする白家一族にとって、綺羅びやかな衣など不要の長物だった。
「見よ。
アレが齢二十を過ぎても貰い手の無い娘ぞ。」
「ほんに、まぁ……気の毒なこと。」
「器量も大したことは無いし、もう良縁どころか、悪縁にも恵まれまい。」
父親の後を静かに歩く明葵の耳にも、悪意の言葉が届く。
「(…………そんなにも、私は珍しい生き物なのかしら……)」
心の中でため息を付く。
客寄せ熊猫にでもなった気分だった。
「あの娘の噂を聞いたか?」
「何でも、あの娘に婚約を申し込むと屋敷に雷が落ちるらしいぞ。」
「婚約を無理にでも、結ぼうとした一族が離散したことも有るらしい。」
「いやいや、器量も良くない上に、性格も悪い阿婆擦れだそうだ。」
「おいおい、あんな醜女の相手をする男がいるのか?」
「それとも……あんな売れ残りを使って王弟にでも、取り入るつもりか?」
好き勝手に明葵を罵る宮廷雀達。
「(…………帰ったら……霊山に、行こう……)」
悔しいけれど、明葵には言い返せない。
言い返したが最後……家族へ迷惑をかける事が分かっている。
「……何か、御用か?」
その時、急に泰山が歩みを止め、五月蝿い宮廷雀達へ鋭い眼差しを送った。
「ひっ……」
「おっ……お前のような下賤な輩に用など無い!」
「そうじゃ! 疾う去ね!」
威勢の良かった宮廷雀達の鳴き声が止む。
「そうですか。
それは良うございました。
悪縁は結びたく有りませぬからな。」
厳しい顔を、意識して更に恐ろしくした泰山の一言に顔色を悪くする宮廷雀達。
「……今日は……雷が落ちそうな日ですな」
静かな一言を残し、再び歩き出した泰山。
「……お父様……」
その後に付き従いながら、明葵は小さく囁いた。
「……気にするな、と言う方が難しかろう。」
痛みを耐えるように渋面を作った泰山の顔は、背後の明葵には見えない。
「……何歳になろうとも、嫁がなくとも……明葵、お前は我らの可愛い娘だ。」
「……お父様……ありがとうございます……」
泰山の顔は見えない。
だが、明葵には父親の優しい微笑みが見えた気がしたのだった。
狭い待合室で散々待たされた泰山と明葵。
お茶も、茶菓子の一つすらもない状況だった二人。
「皇帝陛下がお呼びだ。」
愛想の欠片も無い兵士に罪人を引き立てるように連れて来られた玉座の間。
「余が戴冠したとき以来か。」
玉座に座る艶やかな女。
瑞華国皇帝・宗 黎陽、その人であった。
「余が許す。
白家当主・白 泰山、並びに白 明葵、面を上げよ。」
「御意」
泰山が動いた事を確認しながら。
明葵も泰山に続くように面を上げれば……
「っ?!」
飛び上がりそうになった肩を根性で押し留めた。
「(……うそ、でしょ……)」
面を上げた明葵の視界に、数日前に出会った男の姿が映る。
「(……な、んで……あの人、が……)」
ドクリ、ドクリと大きく脈打つ心臓。
血の気が引く。
皇帝の隣に立ち、一瞬だけ明葵を見詰めた黒曜石の如き瞳。
「(…………わたし、の……私のせいで……お父様達が、みんなが……死んじゃうかも……!)」
あの男は、剣を抜かないと言った。
確かに、言葉通りに剣は抜かなかった。
「(……自分の縄張りで会うと…………私の非礼を、理由に……此処で、甚振るつもりだったんだ……)」
明葵の心が絶望に震える。
目の前が真っ暗になる。
「っ……」
だが……それでも、唇を噛みしめて明葵は堪えた。
「(……切り抜けなければ……)」
口の中に鉄の味が広がる。
「(何としても、媚びて……無様に命乞いをしてでも……!)」
手を白くなる程にきつく握り締める。
「(お父様と、家族が逃げる時間くらいは……稼いでやる……!)」
明葵の瞳に炎が燃え上がる。
「(……絶対に、私の大切な家族にだけは手出しをさせない……!)」
玉座の間。
居並ぶ数多の王侯貴族の中で、明葵は覚悟を定めるのだった。
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