第九話
披露せよ。
言うだけならば簡単である。
「恐れながら、陛下……」
「何だ?」
「材料が無ければ、披露できません……」
泥水を真水に変える手法。
泥水を、玉座の間で"濾過"しろと言われても、材料の桶や砂利がなければ……どうしようもない。
「ああ、部下より報告は受けている。」
黎陽が目配せをすれば、兵士たちが次々に濾過に必要な物を持って来た。
「彰玄」
「御意」
玉座の隣に立つ、彰玄を黎陽が呼ぶ。
「白 明葵、お前が霊山の泥水を真水に変えた手法"濾過"」
玉座の側を信頼出来る部下と交代し、明葵の側へと降りて来る。
「手法については、私も報告を受けている。
桶の中に詰める布や砂利の順番を兵士へ命じよ。」
「…………」
「白 明葵」
「……はい。」
怖い。
明葵の心に疑心暗鬼が広がる。
目の前の男は、明葵が濾過の仕組みを説明したから手順を知っているのだ。
それなのに、明葵に兵士たちへ命令しろと言う……。
「(……兵士……私の言うとおりにしてくれるの?
わざと……お父様を、白家を陥れるために仕掛けを施していたり……)」
どんな可能性を考えても……この場は、明葵は彰玄の命令に従うしか選択肢は無い。
「……まずは、桶を確認させて下さい」
「好きにせよ」
「ありがとう、ございます……」
家族を守るために……明葵に、失敗は許されない。
「…………」
桶には何も仕掛けが無い。
桶の下の方に、濾過した水が出てくる穴も準備されている。
「……布を敷き詰めていきたいと思います」
「布を敷き詰めよ」
一通り、桶を確認した明葵が濾過の準備を始める。
「炭、細かな砂利、小石、少し大きめの石の順番で投入していきます。」
明葵が桶の中を確認しながら、兵士たちがどんどん材料を投入していく。
層の厚さを明葵が確認しながら、進んでいく作業。
時折、炭の感触や砂利の大きさを確認する明葵の服が汚れていく。
「やはり白家の女か。」
「貴族のくせに泥遊びとは……」
「尊き方の御前で愚かな!」
「これだから、山の管理しか能のない野猿は穢らわしい!」
「ほんに、作用でございますな!」
汚れることを厭わない明葵を見て、宮廷雀達が嘲笑う。
「……出来ました。
あとは、汚れた水を入れるだけです。」
「ふむ……材料を聞いたときは驚いたが……。」
本当に……こんな物で泥水が真水に変わるのかと黎陽は疑ってしまう。
桶の中に布や炭、砂利や石ころを詰めただけの代物。
「陛下、かような低俗な輩の、しかも野猿の女の言葉に信憑性など有りませぬ。」
「さっさと、役割を取り上げて都から叩き出すが賢明でしょう!」
嫌な笑い声が響く。
「…………」
彰玄の眉間にシワが寄る。
「……尊き皆様。
よくよく、ご覧下さいませ。」
口先だけの輩を黙らせようと口を開きかけた彰玄。
「此処にありまするは、桶の中に炭や砂利を敷き詰めただけの代物に御座います。」
だが……それよりも先に口を開いた女が一人。
「これは、妖術でも、神の加護でも御座いません。」
芝居がかった物言い。
「泥水を真水に変える……種も仕掛けもある一つの手法に御座います。」
命が掛かっているのだ。
明葵の命だけならいざ知らず。
明葵が愛する家族たちの命が、掛かっているのだ……!
「どうぞ、ご覧下さいませ」
明葵が勢いよく大きな桶の中へと泥水を入れる。
勢いよく入った泥水が、明葵の服だけでなく、白い頬をも汚す。
「……何をしている。
泥水を投入せよ。」
明葵の言葉に、一瞬だけ固まっていた彰玄。
すぐに兵士達へ、明葵がしたように泥水を投入せよと命じた。
「(……お願い、お願いします……!
どうか、どうか……透明な水が出て!
家族の命を、どうか……奪わないで……!)」
桶の上から入れた泥水が、小石を、砂利を、炭を、布を通っていく時間。
霊山で濾過をする時には、全く感じない水が染み落ちていく時間。
「(……お願いします、お願いします……!)」
本当は、手を合わせて神仏へ祈って、縋り付きたい。
助けてください、と叫びたい。
だが……明葵は知っているのだ。
人ならざる者は、容易く人に手を貸したりなどしない。
人が万事を尽くしてから先。
その先にしか、天命を与えないことを。
「……あっ……」
兵士の一人が声を出した。
静寂が包んだ玉座の間には、嫌に響いた声。
「…………水が!」
ぴちょん。
雫が垂れる。
一滴、二滴……細い筋となって零れ落ちる。
「っ……泥水が……!」
高価な硝子製の器に注がれた水。
「真水になった……!」
皇帝に、周囲の貴族に見えるように掲げられた硝子の器。
「っ……なんと!」
「まさかっ……!」
太陽の光を受けて、透明な水が煌めく。
「っ…………ょかった……!」
微かな声。
明葵の顔が一瞬だけ泣きそうに歪む。
「妖術だ!」
「いや、化け物ぞ!」
目の前の光景が信じられず、騒ぎ出す宮廷雀達。
「……まさか……あのような物で……」
「ふむ……面白い」
老臣、奸臣の類。
王宮に渦巻く魑魅魍魎共は口角を上げ、したり顔で頷く。
「期待に添えず、大変申し訳ございません。」
唇を噛み締め、前を向く。
「此度の手法は、普通に"濾過"したに過ぎませぬ……悪しからず。」
彰玄より、硝子の器に入った透明な水を受け取った黎陽に向かって、明葵は跪拝する。
「ほう……見事だ!」
膝を打って笑みを浮かべる黎陽。
「明葵!
そなたの手法、確かに見せてもらった!
これにより、白家が霊山から湧き出る真水を独占していないこと明白である!」
「しっ、しかし!
恐れながら陛下っ!」
「白家が泥水を真水に変えて、独占していた可能性が……」
「黙れっ! 愚か者どもがっっ!!」
霊山の利権を狙っていた貴族たちが食い下がろうとした瞬間、黎陽の一喝が響く。
「白家に関して連名で訴え出た者たちに関し、余が調べぬと思ったか?」
「ひっ……」
「ま、まさか……」
「その方達が、霊山の利権を握り真水を独占し、王家に取引を持ちかけようとしていた事は調べが済んでいる。」
ニヤリと笑う黎陽。
静かに……だが、咎人を逃さぬように兵を配置していた彰玄。
「関わった者たちの血判状も入手済みである。」
「そっそんな、陛下!
これは、何かの間違いで……」
「黙れ。
申し開きならば、詰問官の前でせよ!」
散々騒いでいた宮廷雀達の一部が兵に取り押さえられ、連行されていく。
「さて……明葵よ。
この度の功績、見事であった。」
「浅学の身に余る光栄に御座います」
皇帝直々の言葉に、周囲の貴族達の目の色が変わる。
「余が聞きたいこともあるゆえ、泰山もろとも控えておれ。
…………良いな、泰山。」
「御意」
皇帝の鶴の一声で、玉座の間は静けさを取り戻すのだった。
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