第十話
玉座の間での一幕。
黎陽の鶴の一声で、別室へと案内された泰山と明葵。
「…………」
「…………」
泰山と明葵が最初に案内された待合室よりも、遥かに上等な部屋。
「……お父様……申し訳、ありません……」
「…………」
「私が霊山で出会ったのは……」
泥が跳ねた服をギュッと握り締める。
「わた、しは……」
「……何も言うな。」
「っ……」
胸が苦しい。
自分のせいで……家族を危険に晒してしまった。
「明葵……お前は、何も悪くない」
「っ……でもっ……!」
低い声。
普段と変わらぬ、父親の声。
「明葵……いつかは、このような日が来ると……我らは覚悟していた」
小さく微笑み、衣の胸元から小さな布切れを取り出す。
「……二十年……隠し通せただけでも、天に感謝せねばならぬ。」
明葵の顔が涙を耐えるように歪む。
……布切れで優しく明葵の頬に跳ねた泥汚れを拭う。
「……何が有っても、お前が我らの大切な娘であることは変わらぬ」
優しい娘。
我慢強い娘。
この娘が泣くときは、何時だって誰かのためだった。
「……明葵よ……誠に、昔から……自分のためには泣けぬ娘だな」
「っ……ぅ…………お父さまっ……!」
明葵の顔が歪む。
しかし、その瞳から涙は零れ落ちることはない。
「……あまり唇を噛み締めるな。
血が出て、痛かろうに……」
「構いません……! 私は……」
明葵が、何か言いかけたその時。
二人のいる部屋の扉が開いた。
「失礼します」
「…………」
無言で部屋に入って来たのは、凛に先導された彰玄だった。
「…………」
「…………」
立ち上がり、彰玄に対して頭を伏せる泰山と明葵。
「白家当主、泰山……陛下がお呼びだ」
「…………わかりました」
用件のみを告げた彰玄に促され、案内役の兵士と共に退室する泰山。
「待て。
白 明葵、お前は呼ばれていない」
泰山の後に従おうとした明葵だったが、擦れ違いざまに彰玄に腕を掴まれ、引き止められた。
「っ……」
「明葵、お前は待っていなさい」
「……はい、お父様……」
不安に揺れる瞳。
安心させるように、泰山は普段通りの様子で明葵に告げる。
「…………」
腕を掴まれたままの明葵の眼前で、扉が閉まった。
「お前に、話がある」
「っ……」
明葵の身体が強張り、微かに震え出す。
「白 明葵」
「数々のご無礼を、申し訳有りませんでした……!」
勢いよく。
腕を掴まれたまま、出来うる限りの低さで平伏し、叫ぶ。
「っ……何、を……」
「…………」
突然の明葵の行動に彰玄は虚を突かれ、凛は無表情を貫く。
「王弟殿下とは露知らず、ご無礼の数々!
平にご容赦くださいませ……!」
青褪め、震える細い身体。
「(……この女は、何を言っている……?)」
彰玄の前で死刑の沙汰を待つように震える女。
「私のような女一人の命で贖えるものでは無いことは重々承知しております……!
ですが、ですが……どうか、一族の命だけはお助けくださいませ……!」
お願いします……!と地面に額を擦り付けそうな勢いで謝る明葵。
「白 明葵、お前は……何を言っている?」
「わ、たしが……王弟殿下へ働いた無礼を……」
「何時、誰が……そのような話をした?」
眉を寄せる。
この女の意図が、彰玄には分からない。
「……無礼を働いた私を……王城に呼び出して、一族郎党、根絶やしにするつもり、では…………」
恐る恐る。
頭を下げたまま、震えた声音で明葵が告げる。
「何故、そうなる……?!」
彰玄は本気で頭を抱えたくなった。
頭に詰まった叡智ごと取り込む予定の明葵の勘違い。
「霊山でも告げたはずだ。
気分を害したなど、他者を傷付ける理由にはならぬ。」
「………………はい」
「…………」
彰玄の言葉など、明葵が信じていないことは、その顔を見なくともありありと分かる。
「……いい加減顔を上げ、体を起こせ。
その方が、余程……気分が悪い。」
「っ……申し訳ございません……!」
彰玄の気に障ると言う言葉に反応し、明葵は瞬時に体を起こす。
しかし、その瞳は伏せたままで、決して彰玄と目を合わせようとしない。
「……白 明葵よ」
「……はい……」
「陛下より、白家当主に告げられるが……」
何故、彰玄を見ない?
何故、霊山で会った時のように軽口を叩かない?
……気に食わない。
彰玄自身にも、何故この女が彰玄を見ないだけで気に食わないのか…………分からない。
「(意味がわからない。
思えば、初めて出会ったあの時から……この身に巣食う焦燥感は……何故だ?
何故……これほどまでに、この女の一挙手一投足が気になる?)」
気に食わない。
何故、彰玄に怯える?
何故、彰玄から目を逸らす?
何故、霊山の時のように……微かにでも、彰玄へ微笑まない?
彰玄を狂わせる……意味のわからない目の前の女。
心の底から……気に食わない。
「…………」
「…………っ……」
無言になった彰玄に、小さな体を更に小さく明葵。
彰玄は、内申に渦巻く苛立ちに苛まれながら、重たい口を開くのだった。
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