第十一話
「勘違いをするな」
苛立ちを押し殺した無表情。
明葵の遥か頭上から降り注ぐ低い声。
感情の宿らない目。
「っ……」
叱責するような声音に。
降り注ぐ冷たい視線に。
明葵の肩がビクリと揺れる。
「(…………彰玄様……それ、逆効果です……)」
表情に出すことなく、彰玄の背後に控えている凛は内心で頭を抱える。
「(……怯えている彼女に……そんな声音と表情で話せば、根切りされるって余計に思いますよ……)」
他者に興味を持たない。
恋愛経験など皆無な凛の忠誠を誓った唯一人の主。
「(…………此処まで、女の扱いが下手だと思わなかった……)」
王弟として。
大将軍として。
甘い蜜を吸おうとすり寄る女達は、それなりに居たというのに……。
褥のごとの作法は、成人した時に王族や高位貴族で有れば、指導を受けると知っている。
「(……しかも、彰玄様……彼女の腕を掴んでいるけど、無意識か?
それなりの力が籠もっていそうなんだが……アレじゃあ、痣になってしまう。)」
そこに、女の扱いの指導は……どうやら無かったらしい。
「……白 明葵、陛下よりお前の父親に伝えられることだが……」
目を細める。
「お前が陛下の御前で証明してみせた"濾過"という手法。」
「……はぃ……」
明葵は耐えるようにギュッと衣を握る。
恐らくは、逃さないためだろう。
彰玄に掴まれたままの腕が痛む。
「陛下は、お前を王城に留めることを決定された。」
「……ぇ……」
弾かれたように顔を上げた明葵。
零れ落ちそうな程に開いた目が、彰玄を映す。
「…………」
すぐに瞳を伏せ、彰玄から逸らされた。
「(……な、で……)」
明葵の心は疑問でいっぱいだった。
「……お前の持つ叡智は、この国の役に立つ。」
「…………え、いち……?」
「お前にとっては"普通"のことでも、この国では"普通"ではない。」
呆然とした表情の女。
「役に立つ知恵を持つ女を殺す理由が有るか?」
「っ……」
「一族ごと囲って、逃げられぬようにする方が使いやすい。」
「…………」
明葵から力が抜ける。
「(……わたし、の……せい、で……)」
明葵が良かれと思ったことが…………一族に災いを呼び込んでしまった。
「(……私が……この人達に、濾過を見せてしまったから……!)」
過ぎたる力は災いを呼ぶ。
明葵の知恵は、その典型だったのだと思い知らされる。
「(……どうする……どうすればいい……?)」
絶望に喘いでいる暇などない。
明葵の思考が高速で巡り始める。
「(どうすれば……家族を、一族を守れる?)」
彼らが欲しいのは……
「(……この人達が欲しい物は……叡智だ……!)」
明葵の心に火が灯る。
「……恐れながら……王弟殿下」
彼らは、私を殺せない。
私を殺したら、叡智とやらを取り出せなくなる。
「何だ?」
「……私と賭けを、しませんか?」
だからこそ、取引ができる余地がある。
掴まれたままで痛みを訴える腕を無視して。
覚悟を決めた瞳で、明葵の腕を掴む男を見上げる。
「賭け、だと?」
「はい」
無感動な冷たい瞳。
怯むな。
恐れるな。
明葵の肩には、大切な家族の命が掛かっているのだ……!
「私のことは如何様にも、お好きにお使いください……」
「……ほう?」
彰玄の口角が微かに上がる。
「……その変わり、私が役に立つ間は……」
負けない。
負ける訳にはいかない。
「私の家族を、一族を傷付けないで頂きたい。」
どうせ、目の前の彼らは分かっている。
明葵が家族を切り捨てないことを。
だから、一族ごと囲うと言ったのだ。
「(……だったら、精々それを利用してやる……!)」
同じ囲われるなら、一族を守る盾にしてしまえばいい。
……熱りが冷めた頃に。
よく命令を聞く、出来た犬だと油断した頃合いに。
……一族だけでも、逃げることが出来たなら……甚振られて斬り捨てられても、後悔はしない……!
「王城に留め置かれるのは決定事項だ。
……その賭けは、成立せぬ。」
「いいえ、成立します」
成立する。
だって……
「私が死ねば、その叡智とやらは取り出せません」
微笑む。
そう、明葵が彼らに従わずに舌を噛み切って死ねば良いのだ。
「(……お父様は何気に強いし、逃げ隠れも上手だから、一人なら屋敷に逃げ帰れる。
それに……霊山は、家族にとって庭のようなもの。
彼らが兵を率いて現れる前に、本気を出せば逃げれる。)」
脅して、縄を打って、従わせると言うならば。
痛みに怯んだフリをして。
従うフリをして。
どんな手を使ってでも……死んでやる。
「…………」
彰玄も、凛も、絶句してしまう。
目の前の美しく微笑む女は、既に死ぬ覚悟を決めている。
まさに……死兵の目をしていることを悟った。
「……良いだろう」
彰玄が賭けに乗らなければ……この女は、躊躇いなく死を選ぶ。
「白 明葵、お前のその賭けに乗ってやる」
覚悟を決めた譲らぬ瞳。
青褪め、怯えているくせに。
彰玄を一心に見つめ、状況を読み取り。
家族を守るために、必死で威嚇する女。
「(……面白い!)」
彰玄の口角が上がる。
小気味いい女。
面白い女。
こんな女は……初めてだ!
彰玄の心に、白 明葵という女が刻まれた瞬間だった。
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