第十二話
賭けに乗る。
「っ……ありがとうございます……!」
第一関門は、突破した。
だが、気を抜くな。
油断するな。
此処は相手の縄張り。
明葵の味方など誰もいない。
助けも来ない。
「ただし、条件を追加する。」
「……はい」
目を逸らさない。
逸したら……相手に付け入る隙を与えてしまう。
「白 明葵。
お前が陛下の、この国の役に立つ間は、俺の力が及ぶ範囲でお前と白一族を守ることを約束しよう。」
「……私への守りは不要です。」
どうせ、死ぬ気だ。
死ぬ気の命を守る価値などない。
「貴族の娘として価値のなくなった、家の役にも立てぬ私への守りは結構です。
……一族が、家族が守れれば……それで構いません。」
「それは、お前の都合だ。」
明葵の言葉を彰玄が跳ね除ける。
「お前自身が言っただろう。
お前が死ねば、お前の叡智が取り出せない、と。」
「…………」
「此方の好きにしろ、と言ったのはお前だ。
……前言を撤回することは許さん。」
「……わかりました。
その変わり、父や一族を王城に引き留めないで頂けますか?
……一族は霊山の麓にある方が、心安らかに過ごせます……」
「良いだろう。
だが、白一族を守るために王家の巡回が始まることは告げておく。」
「……承知しました。」
ズキズキと彰玄に掴まれたままの腕が痛み、熱を持つ。
「(……これで……少なくとも、幾らかの時間は稼げる。
……どうか、お父様、お母様、お兄さまたち……生きて、ください……)」
瞳を伏せる。
"守る"など、都合のいい監視の名目に過ぎないことは、宮廷政治を知らぬ明葵にもわかっていた。
「(……あちゃー……彰玄様ぁ…………ものすごーく、誤解されてますって……。
彼女、明らかに知恵を搾り取るためだけに生かして監禁されるって思ってるし……)」
悲壮な覚悟を決めた明葵の心を感じ取り、無表情で控える凛は内心で深いため息をついた。
「(しかも、たぶん彼女の腕……明日には青黒い痣になって、腫れ上がるだろうなぁ……)」
その事実にも、全く気が付いていない彰玄。
肉体労働をしていたとしても、貴族の娘だ。
女の柔肌は、武人の男よりも遥かに脆いことを凛は知っていた。
「(…………無言で、落ち込むかもなぁ……)」
この後の彰玄の反応を予測し、凛は現実逃避をするのだった。
一方……。
明葵と引き離され、皇帝と皇帝の心を得る選りすぐりの家臣たちが並んだ部屋。
「……泰山よ。
今まで、よくもまあ……あのような規格外の娘を隠し通したものだな。」
静かに跪く泰山へ、黎陽が口角を上げて問い掛ける。
「……己を普通と。
自分の知恵の凄まじさを理解していない幼子を、獰猛な肉食獣の檻に放り込む親はおりませぬ。」
「言い得て妙だな。
……確かに、世界を変えてしまうほどの"叡智"を持ちながら"普通"と思っている娘など、食い散らかされて終わりだな。」
「……その通りです。
娘が"困っている民のために"と訴えた所で、欲に目が眩んだ者達に使用し尽くされて終わる。
増してや、家族を、一族を人質に取られれば、あの子は命を削ってでも従うでしょう。」
静かな言葉。
初めて……あの娘が、明葵の叡智を垣間見たあの日。
まだ、四歳にもならぬ幼子の無邪気な笑顔。
『ととさま!』
『あにさまのおねつ!』
『これで、なおるって!せいおーぼしゃまが、いってたの!』
人ならざる者達を背後に従え、熱病に魘される次男のために。
柳の皮を煎じて、山羊の乳で薄めた薬を作った幼い明葵。
「娘が"普通"では居られぬことなど百も承知。
しかし……あの娘が、あの娘らしく。
せめて、権力の中枢から隠せる間は隠し通す。」
伏せていた顔を上げ、覚悟を定めた鋭い眼差しを皇帝へと返す泰山。
「それが、我らが一族の意地。
我らが白一族の覚悟に御座います。」
知恵など関係ない。
あの優しく、愛しい末の娘。
「それを咎に問われるならば、構いませぬ。
白一族当主として、いや……あの娘の父親としての覚悟に御座いまする。」
揺るがぬ瞳。
名前のように、座して引かぬ覚悟。
「……構わぬ。
お前達を咎に問うつもりは毛頭無い。」
フッと口角を上げて笑う黎陽。
「此方としては、礼を言わねばなるまい。
……欲まみれの俗物に、あの娘の叡智を奪われずに済んだのだからな。」
「……左様ですか。」
素気ない反応。
周囲の忠臣達が、顔を顰める。
「泰山よ。
あの娘は王家が所有し……手厚く保護する。」
「…………」
「ふふ……何故だろうな?
我が弟も、あの娘を気に入っていると見える。」
女も、男も、まるで興味を示さなかった弟・彰玄。
その弟が、一人の女へ視線を向けている。
……それが面白くて堪らない……!
「安心せよ。
あの娘が害されることが無いように、大切に愛でさせてもらうからな。」
そう……まるで、鳥籠の鳥のように。
「……陛下に、一つだけ忠告を宜しいですか?」
「聞こう」
感情を揺らすこと無く、黎陽の言葉を聞いていた泰山。
「あの娘の噂を御存知ですかな?」
「噂……?
縁談相手の家が何とやら、の話か?」
「はい」
恭しく頷く。
「……王家の血筋を遡れば、霊山に霊廟を持つ碧霞元君様へ行き着く。」
「それが何だ?
だからこそ、王城内にも碧霞元君を祀る廟が有る。」
黎陽は首を傾げる。
この男は、何を言いたいのか?
「ならばこそ、あの娘を害そうとした輩の屋敷に雷が落ちたことも……真実だとお伝えしておきます。」
「…………そうか」
もう良い、下がれ。
その一言で、泰山は抗うことなく立ち去る。
その背中に、黎陽は言いようのない違和感を覚えるのだった。
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