第十三話
王城内より、父親を乗せた車が去って行く。
見送ることも許されなかった明葵は、無表情を貫く。
「(……お父様……)」
一度、瞳を閉じる。
心に巣食う負の感情を噛み締め、耐える。
「……明葵嬢、此方へ」
「……はい」
賭けが成立すれば、満足したのか姿を消した彰玄。
その傍らにいた配下の男、凛が明葵を保護する場所へと誘導する。
「(…………寂しい、場所……)」
打ち捨てられ、誰からも忘れられた廃墟のような場所。
王城内にある北翼の古い忘れられた離宮。
遥か昔には、旧天体観測所として利用されていた円塔が聳え立つ。
「足元にお気を付けください。」
小さな明かりを持った凛に先導され、明葵は螺旋階段を登っていく。
「(……何かを、取り外した跡……?)」
円塔に入ってすぐの床には、何かを撤去したような後が残ったいる。
「(……古そうな……本、かしら……?)」
下層から中層にかけて。
窓も殆どない古書の類を収納する部屋が並ぶ。
「此方が、明葵嬢の自室となります」
開かれた扉の先。
「っ…………」
息を呑む。
丸い石造りの高い天井。
円形の壁に沿って作られた幾つもの出窓。
青銅製の古びた格子が、窓の開放感を殺している。
「(…………まるで……鳥籠、だわ……)」
周囲を見渡し、天井を仰ぎ見る。
古びた建物に似合わぬ家具。
白家で見たこともない上等な寝具。
「(……最初から…………閉じ込めるために、準備をしていたのね……)」
寝台や家具の類は重たい。
一朝一夕で持ち込めるものでは無い。
「……明葵嬢?」
無言の明葵を凛が訝しげに声を掛ける。
「……ご案内をいただき、ありがとうございました」
気を抜くな、明葵。
此処は、敵地だ。
従順な犬として振る舞え。
「……何か用があれば、彰玄様もしくは自分に言うように。
この場に、彰玄様と自分以外の者が来ることは無い。
もし、それ以外の者を与える時は、自分か彰玄様自らが明葵嬢へ紹介する手筈となっている。」
「わかりました。
……御心遣い、感謝いたします。」
深く一礼する明葵に、何か言いたげな顔を一瞬だけした凛が退室する。
「…………此処からならば……霊山も、見えるのね……」
出窓に嵌められた長い年月を経て、緑青がこびり付いた太い青銅製の格子。
その向こう側に、明葵が駆け回っていた霊山が遠くに見えた。
「…………」
古びた円塔の最上階。
昔は研究者が天を仰いでいた旧天体観測所。
今は……叡智を秘めた一人の女を閉じ込める……鳥籠だった。
険しい霊山の頂上。
古の昔。
碧霞元君が降り立ったとされる、その場所。
「……今すぐに、奈落の底へ都ごと呑み込んでも良いかしら。」
漆黒の衣を纏った妖艶な美女が、遥か下方の都を睨む。
艶やかな唇が弧を描き、尖った牙が覗く。
「止めておけ。
あの子が悲しむ。」
やめろと言う割に、その瞳は冷淡な理知的な美女。
手に持った酒瓶から、小さな杯に酒を注ぎ一気に煽る。
「あら……龍理、貴女の顔にも今すぐに雷を落として壊滅させたいと書いているわ。」
「……当然だ、鬼星よ。
あの子が関係のない命を巻き込むと悲しむゆえに、我慢しているだけだからな。」
「……あの子は、優しすぎるの。
妾に頼ってくれれば、人の世から奪って隠してあげるのに。」
悩ましげなため息を付く鬼星。
「……鬼星」
「分かっているわ。
あの子は、あの子……人の子よ。」
「…………ままならぬものだな。」
鬼星と龍理は、遠い昔に想いを馳せる。
「……人は脆く、その命は短い。」
「妾たちにとっては、一時の夢のようなもの。」
「だからこそ、共に過ごす時間を一刻でも長くと思うのだかな。」
苦笑する。
瞬きをするほどの時間で、幼い姿が龍理達と変わらぬ背丈となった愛し子。
「……悩む必要など、無いでしょうに。」
二人の背後から、姿の見えぬ男の声がした。
「白蓮か」
しみじみと酒を煽っていた龍理が、視線を向けることなく呟く。
「龍理様、鬼星様、御機嫌よう。」
「機嫌よく見えるならば、お前の目は節穴ね。」
「これは、これは……鬼星様は、相変わらず手厳しい。」
這い寄る蛇のように。
「それにしましても……人の世など、さっさと滅び去れば良いものを。」
影から現れた色素の薄く、美麗な顔立ちの男。
だが、都を一瞥した……その瞳は冷え切っていた。
「……白蓮、あの娘も人だ」
「おやおや……龍理様はご冗談がお上手ですね。」
くすりくすり、と笑う。
「白蓮、余計なことをするならば……妾を敵に回すと心得なさい。」
笑う白蓮を鬼星が睨みつける。
「……余計なことなど、致しませんよ。」
ふわりと微笑む。
「私は、何時だって……あの御方の味方です。
だがらこそ、高い塔の上に囚われたあの御方の力になりたいと心より願っております。」
大袈裟な仕草で、一礼してみせる白蓮。
「確かに……あれは、剛腹ものだな。」
「妾も、腹に据えかねるわ。」
龍理と鬼星の瞳が鋭くなる。
「ふむ……あの子を蔑んだ輩を、まずは腹いせに黒焦げにするか。」
「あら……それならば、妾も数匹貰って……ねえ?
その腸を生きたまま引き摺り出して、並べてやりましょうか……」
思案顔の龍理と色っぽく微笑む鬼星。
「………………私が言うのもなんですが……腸を並べるのは如何なものかと……」
「あら、どうして?」
「視覚的に強烈過ぎて、人の恐怖を煽り過ぎる可能性が有ります。
せめて……神隠しを疑われる程度に、骨も残さずに生きたまま喰らってやる方がまだマシでは?」
「一理あるな。」
「龍理も同意するならば、そちらにしておくわ。」
殺る気漲る龍神と鬼神の会話。
「………………」
そんな会話を聞き流しながら、白蓮は切なげに円塔を見つめるのだった。
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