第五話
目の前で何のことはない、と微笑む明葵。
「(……この女は……何者だ?)」
彰玄の隣で絶句し、呆けたような顔を晒す凛の横顔。
己も同じような顔を晒しているかもしれないと、笑みが浮かぶ。
「(……"濾過"に始まり、次は長期保存が可能な"肉乾"の作成方法。
この女にとっての普通は、異質過ぎる。)」
恐らく、この女……明葵の頭の中にはまだまだ彰玄の知らない未知の知識が詰まっていると感じ取る。
「白 明葵、また来る」
「顔……じゃなくて、雰囲気など諸々が怖いので嫌です」
「…………気の所為だ」
「気の所為ではありません」
「……俺は、怖くない」
「私は、怖いです」
「怖い相手に、このような軽口を叩けるか?」
「軽口を叩いているつもりは有りません。」
「軽口だ」
「必死です」
「…………」
「…………」
無言。
「……そう、だな。
恐らく……次に会う場所は、此処では有るまい」
「え……?」
「恐らく……次に会うときは、俺の縄張りの中だ。」
「え゛……私は、霊山を出るつもりは有りません」
「嫌が奥にも、出ることになる」
「お断りします」
「くくく……断れるものならば、な?」
喉の奥で低く笑う彰玄に、明葵は嫌な予感を覚える。
「ではな、白 明葵。
近い内に会えることを楽しみにしておこう」
低い笑い声だけを残し、彰玄は踵を返すのだった。
二人の後ろ姿が遠くなって行く。
「……何なのでしょう……あの人達は……」
困惑が、明葵の心を覆い尽くす。
「すっごく悪役っぽい……笑い方だった……」
何とも言えない表情。
「(悪い人……では、ない?
でも……良い人でも、無い気がする。)」
何か……何か、明葵の力が及ばない場所で……何か、が動き出した気がした。
「…………やだ、なぁ……」
ため息が出る。
困ってしまう。
「……家族にだけは……迷惑を、掛けないように…………しなきゃ……」
目を伏せる。
「……とりあえず……家に帰ろうかな……」
招かぬ客人の来訪に、明葵はどっと疲れてしまった。
「……今日の夕飯……何かなぁ……?」
さっさと出来上がった肉乾を回収し、火の始末を付ける。
明葵の実験場という名の広場から、暖かな白家に向かって歩き出す。
しかし……明葵はまだ知らなかった。
数日後に、白家をひっくり返すような騒動が起こることを。
全ては、白家当主並びに白家直系長姫である明葵の皇帝からの一通の召還状が始まりを告げるのである。
王城へと戻った彰玄は、凛に明葵が説明した手順で肉乾を作成するように指示を出した。
「……で?
今日の成果は?」
王城の奥、皇帝の自室。
「濾過という装置に続き、最低でも半年は虫が湧かず、カビの生えない肉乾の作成方法だ。」
「…………は?」
皇帝の……姉の珍しい驚いた表情に、彰玄は低く笑う。
「白 明葵にとって、その肉乾は普通らしい」
「……意味が分からん」
「俺もだ。
……そんな物が存在すれば、軍備に革命が起こる。」
何が飛び出してくるか分からない箱のような女。
その箱の中には、他にどんな叡智が詰まっているのか?
「…………彰玄。
最近、糞どもが五月蝿いんだ。」
「奇遇だな。
俺も、そう考えていた所だ。」
ニヤリと悪どい笑みが浮かぶ。
その笑みは、流石は姉弟と言える程によく似通っていた。
「口先だけの宮廷雀どもが、白家から霊山の管理を奪えと騒いでいる。」
「白家に何の過失もないのに、奪う理由は有るまい。」
「いやいや、どうやら白家は霊山から湧き出る真水を独り占めしているらしいぞ。」
「水不足に喘ぐ民を前に、それは重大な問題だな。」
黎陽と彰玄の笑みが益々深まる。
「これは、白家の当主を呼んで詰問するべきか。」
「それが良い。
序でに……泥水を真水に変える手法を実演させることも一興だな。」
「その通りだな。」
同じように低く笑う姉弟。
「数日以内に白家当主と白 明葵を王城に召還しよう。」
彰玄と黎陽は五月蝿い宮廷雀どもを黙る瞬間を想像し、口角を上げるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです(*^^*)




