第二十二話
「…………彰玄様、失礼します。
大変申し訳ないのですが、話が進まないので疫病に関する話題に戻りましょう。
彰玄様の明葵嬢との恋愛に関する話題は、後日改めてお願いします。」
このままでは埒が明かない上に、次の仕事に影響すると判断した凛が口を挟む。
「っ……だが…………分かった」
「夏侯さま、私は王弟殿下と恋愛に関する話をしている覚えは無いのですが……?」
「っ……」
凛に対して、心底不思議そうな明葵の言葉へ咄嗟に言い返そうとした台詞を彰玄は飲み込む。
「……ええ、まあ……はい、明葵嬢……それも、一旦置いておきましょうね……。
(うん……いっそのこと、笑ってしまうくらいに脈無しですね、彰玄様……)」
彰玄が恋心を抱いている明葵の、あまりの恋愛感情の無さに凛は渇いた笑いを浮かべてしまう。
そして、凛は思わず彰玄に同情のこもった眼差しを送る。
「……よく分かりませんが……取り敢えず、疫病に関する話に戻しますね」
不思議そうな明葵は、気を取り直したように話し始める。
「王弟殿下、先ほど殿下は"予知"と言いました。
予知とは、"予め知る"と書きます。
未来に起こることを知ることが"予知"です。」
「……それが、なんだ?
疫病が起こるかもしれない。
それは、予知に当たるだろう。」
「正確に思い出してください、王弟殿下。
白家当主は、"疫病は必ず起こる"とは言っていないはずです」
「……………」
明葵の言葉に、彰玄と凛は記憶を辿る。
『……近々、発生する可能性が高い疫病対策と致しまして、我が家が溜め込んでいた物資を献上致しまする』
二人の脳裏に浮かんだ白家当主・泰山の言葉は、確かに必ず起こるとは言っていない。
「……確かに、必ず起こるとは言っていない。
だが、発生する可能性が高いというならば……いや、そもそも可能性が高いという表現はなんだ?」
「可能性が高い……何かを比較している……?」
泰山の言葉選び、表現。
明葵に促されて注目してみれば、確かに可笑しい点はある。
「予知や予言の類を信じる、信じないの話ですらないのです。
だって、今回の話はあくまでも"可能性"の話をしていますので。」
「………………」
「……えっと……ごめんね、明葵嬢……意味がわかんない……」
明葵が言いたいことを今一つ理解できない彰玄と凛。
「……お二人は武術に通じていますよね?」
「……当然だ」
「では、例えばの話ですが、想像してみてください。
何十回、何百回と戦ったことがある相手がいるとします。
その相手と何度も、何度も戦っていれば、何となくクセのような物って見えてくると思いませんか?」
明葵の言葉に従って、彰玄と凛は脳裏にお互いに剣を交える光景を思い浮かべる。
「真っ直ぐに振り下ろされた剣を避ける時に、右に避けやすい。
真っ直ぐ、横なぎで剣を振った後には、左足で踏み込む事が多い。」
「……無いとは、言わぬ。」
「うん……利き足で強く踏み込んだ後には、斜めに斬るとか……」
何度も剣を交えているからこそ分かる相手の癖。
「要するに、今回の疫病が起こるかもしれないという表現は、そういうことです」
「「…………は?」」
抱き上げた猫の姿の華乃を撫でながら、明葵は微笑む。
「この条件と、あの条件が揃った時に、この現象が起きやすい。
つまり、何十年、何百年と積み上げた記録の中の条件の数々。
それを照らし合わせた時に、同じような条件が揃った時…………もうすぐ疫病、旱魃、大水、嵐、不作などが起きやすい。」
「「っ?!」」
「あくまでも確率の話です。
右、右と切り結んだ時に、左から大きく薙ぎ払う確率が六割。
左足で踏み込んだ時に、一刀両断に切り下ろすから胴がガラ空きになる確率が八割。
……そんな風に過去の記録、経験をもとに推論を組み立てる。
それを私は"統計"と呼んでおります。」
ふわりと微笑んだ明葵の言葉に、彰玄と凛の脳裏に泰山の言葉が蘇る。
『明葵曰く、確率もしくは統計と評したい、と。
即ち、水面に落ちた小石が波紋を広げるように。
一つの切っ掛けを起点として、次に起こりうる可能性を過去の記録の集計より推論する。
それは、予言の類とは違って確実に起こることとは言いません。
しかし、起こりうる可能性があると言う話となります。』
……起こりうる可能性。
ゼロでは無いが、絶対に起こるでもない。
だが、その"統計"で現れた可能性が実際に起きた時。
備えが有ると無しでは、大きな差が出る。
「……統べての事象を記録し、計算・推測して導き出す……"統計"か」
建国時から受け継がれ続けていた記録するという役割を持つ一族。
「……記録を積み重ねたからこそ分かる……事象……」
彰玄の思考が深く沈んでいく。
「……建国と同時に、特定の一族に記録を続けるように命じた理由が……この"統計"だった……?」
彰玄の心の奥底。
魂の一部が何故かざわめく。
「…………」
この未来を、いや……"統計"と呼ばれるようになる記録の積み重ねを予測していた"誰か"。
「(……其処に、王家が忘れた……約束が、有る……?)」
彰玄の魂の奥底で、白い羽衣が舞った気がしたのだった。
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