第二十一話
「……お父様から文が来ましたけど……あの変な……算術好きな徐算官長という方が、家に来たみたい……」
窓から入って来た菖雲の愛鷹の珠が、用が済んだとばかりに飛び立って行く。
そんな珠の足に結ばれていた手紙に目を通した明葵が苦笑する。
「え゛……あの、算術の話になると目の色を変えた変な人間のことですか?!」
「……華乃ちゃん……率直ね……」
猫の姿で丸くなっていた華乃が、くしゃりと顔を歪め、明葵が苦笑する。
「……うーん……しかも、お父様は建国当時からの白家の役割とかを、王弟殿下へと軽く伝えたみたいね」
「あー……あ!
建国時に任されたとかいう記録係ですね!」
「そうなの。
でも……王弟殿下の御様子を見る限り、それに関して御存知無いみたいだったらしいわ……」
そう……遥か昔。
もう何百年も昔のこと。
すべての始まりは、霊山の天辺に……
「明葵さまぁ……面倒い奴らが来ましたよ……!」
「っ……華乃ちゃん、ありがとう」
白家に代々伝わる古い約束の記録。
その内容を脳裏に思い浮かべようとした明葵に、猫目に剣呑な光を宿した華乃が告げた。
「ふみゃあ……」
不機嫌そうに寝台の上に長く美しい尾を一度だけ叩き付けた華乃。
素早い動きで華乃は、寝台に腰掛けた明葵の膝の上へと移動し、丸くなった。
「ふふ……」
嬉しそうに膝の上で丸くなった華乃の白くて美しい毛並みを撫でる明葵。
「明葵嬢、失礼するね」
間を置かずに明葵のいる最上階の部屋の扉が開き、既に見慣れてしまった凛と彰玄が顔を出した。
「こんにちは、王弟殿下、夏侯さま。
昨日、白家に来訪されたと聞きました。
あの、みんな……元気だったでしょうか……?」
膝の上にいた華乃を抱き上げ、彰玄達に近付いた明葵が問い掛ける。
「……お前にとってのみんなという定義が分からぬ。
だが、少なくとも白家一族の顔色が悪いなどということは無かった。」
「そうですか……ありがとうございます、王弟殿下」
手紙だけでは分からない家族の様子。
少なくとも、誰も病に伏せったりしていないことに、明葵は安堵した。
「……礼など、要らぬ」
姫姉さまに会いたい、と言っていた子供たちの顔が浮かび、微妙に罪悪感に苛まれる彰玄。
「……それよりも、白 明葵、お前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと、ですか……?」
彰玄の言葉に、明葵はどれのことだろうかと考える。
「昨日、白家当主より近々に起こるかもしれない疫病対策として物資を献上された」
「っ……そういう、ことですか……」
彰玄の言葉に、明葵の顔色が変わる。
明葵とて白家が記録し続けてきた膨大な内容を覚えている訳ではない。
しかし、代々の当主は膨大な記録を纏め上げ綿々と、その数値の推移を分析しているのだ。
「白 明葵、"そういうこと"とは、どういうことだ?
他にも、白家当主より白家は建国当時より記録する一族であることも聞いた。
たが、それと今回の疫病が起こるという予知について繋がらぬ。」
彰玄の眉間に皺を寄せた厳しい表情が、明葵へと向けられる。
「……お前達一族は何を知り、何を持って未来を語ったのだ?
何故、過去の記録と未来が繋がるというのか?」
普段に増して鋭さを伴った、偽りを許さないという彰玄の瞳が明葵を射抜く。
「……答えよ、白 明葵。
偽りを申すことは許さぬ。」
疫病が起こるともなれば、国家の一大事とまでは言わないが、大きな問題である。
その可能性を示唆した白家当主に、彰玄の物言いも自ずときつくなってしまう。
「(……あー……ちょっと、彰玄様……そんな詰問するような口調だと誤解されますって!
折角、ほんの少ーしは仲良くなれた明葵嬢との距離がまた開いちゃいますよ……。
第一、疫病とか言われて焦る気持ちは分かりますけど、ねえ?
だからこそ、絡め手で行くみたいに優しく聞き出す方が良いと思いますけど…………彰玄様のご性格的には、不向きなんですよね……)」
彰玄の背後で三歩ほど離れて控える凛が、澄ました表情を浮かべたまま心の中でだけため息をつく。
「偽りは申しませんけれど、問い掛ける口調が怖いです。
疫病と言われて驚く気持ちは分かりますが、怖いのは嫌です」
「っ……俺は、怖くない」
「怖いです。
口調も、顔も怖いです」
「……本当に怖いと思っているならば、普通は怖いなどと真正面からハッキリとは言わぬ」
「怖くても、我慢しています。
元々、王弟殿下は笑顔も見せませんし、大きいし、普通に怖いです」
「…………俺は、怖くない」
「王弟殿下ご自身は怖くなくとも、王弟殿下よりも小さくて弱い私は怖いです」
「……小さくて弱い女は、窓の格子を外したりせぬ。」
「まだ、その話題を持ち出すのですか?
アレは、テコの原理と経年劣化に伴う結果です」
「「………………」」
無言で見つめ合う彰玄と明葵。
「一応お伝えしておきますが、そのような怖い表情と口調では、か弱い姫君を含む世の中の普通の女性たちは怖がります。」
「……お前は、俺を怖がっていない」
「怖いと申しました。
……まあ、王弟殿下にとって私は、近所の年上のオバサン程度の存在でしょうけれども。
もしくは、生き遅れの女の括りには入らぬ生き物だということは痛感していますので、良いんですけどね」
明葵のため息混じりの自嘲の言葉に、彰玄は驚愕に目を見開く。
「待て、白 明葵!
俺は、お前のことをそのように評した覚えはないっ!」
「言われなくとも、王弟殿下の言動で痛感しております。
それに、王弟殿下に女として見て貰いたいとも思っていないので、問題は御座いません」
「問題大アリだ!
俺は、お前を女として見ていないなどと言動で示していないっっ!!!」
「……そうですか?
まあ、その話題はもういいです。
私が生涯独身で過ごすことは、大した問題でも有りませんので。
それよりも、疫病に関する話題に戻りましょう。」
「待て!
勝手に話を終わらせようとするな……!」
必死の形相で明葵の誤解を解こうとする彰玄を前に、凛は遠い目をする。
そして、明葵の腕の中に抱かれている猫の姿の華乃は、必死な彰玄の姿を鼻で嗤うのだった。
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明葵の発明と瑞華国の行く末、そして彰玄との関係が「続きも読みたい!」「面白い!」と思っていただけましたら、ブックマークや☆☆☆☆☆評価で応援していただけると嬉しいです!
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