第十一話
地下室の隅にある重厚な木製の扉。
開けること自体は、石の扉を開けるよりも簡単かもしれない。
「……しばらくは、この先への探索は後回しにするつもりです。
幸いなことに、この円塔の中には過去の記録物がたくさん収められています。
その中から、この円塔についてなど記録が残っていないか調べてみようかと。」
木製の扉を開けた先に待つ何かに思いを馳せながら、明葵はまだ扉を開ける時ではないと自制する。
「記録の類を調べるのは構わんが、一人でこの先に進むことは止めておけ。」
「一人ではありません。
華乃ちゃんがいます。」
「猫を頭数に入れるな」
「華乃ちゃんは、とても頼りになりますよ?」
「だが、猫だろう」
「猫は猫でも、とても頼りになる可愛い猫の華乃ちゃんです」
「……猫と行くならば、俺が共に行く」
「お断りします」
「断るな」
「万が一のことが起こった場合が面倒……大変です」
「今、面倒と言わなかったか?」
「気の所為です」
「「………………」」
無言で見詰め合う彰玄と明葵。
「……まるで、夫婦喧嘩ですね」
「っ?!」「……は?」
ため息交じりの凛の一言に彰玄の肩が跳ね、明葵はキョトンとした。
「夏侯さま、王弟殿下と私は夫婦ではありませんので、それは違うと思いますけど……」
「(全く照れる様子もない…………これは、脈が無いな……)」
明葵の反応を伺うために放った凛の一言。
全く動揺しない明葵の反応に、凛は彰玄の恋は茨の道だと悟った。
「夏侯さまは……もしかして、お疲れですか?
日々、美しい女性に囲まれている王弟殿下が私を女として見る訳がないですよ。
王弟殿下が私に対して求めているのは、頭の中身だけですもの」
「………………………」
そうですよね?と同意を求められた彰玄は、無言を返す。
「第一、恐れ多くも陛下に次ぐ王族ともなれば、王弟殿下の側に侍りたいという美しい女性達は、それこそ星の数でしょう。
ほぼ初対面の薄汚れた女に上等な衣を渡そうとするんですもの。
王弟殿下にとっては、よほど私は貧相に見えたのだと理解していますから」
「違うっ!
あれはっ……そのようなつもりで準備したのではない……!」
霊山で彰玄と二度目に会った時のことを思い出しながら苦笑する明葵。
そんな明葵の言葉に衝撃を受け、心の中で泣きそうになる彰玄。
「(……今ならば、分かる……!
あの時……すでに俺は、好いた女を喜ばせたかっただけなのだ……!)」
何一つ伝わっていないばかりか、まさか悪い方向に誤解されていたなど……!
「白 明葵……!
俺はお前のことを貧相などと思ったことは無い……!」
「そうなのですか?
まぁ……どちらでも、構いませんけれど……」
「………………っ」
己の言葉が微塵も明葵の心に届いていないことに、彰玄はガックリと肩を落とす。
「…………此処までとは……」
余りの脈の無さに凛は頬を引き攣らせ、彰玄に同情してしまう。
「話は戻しますが、夏侯さまはお疲れなのですか?」
「え?いや……あー、まあ……ね?」
表情はほぼ変わって居ないものの、普段よりも萎れた雰囲気の彰玄を横目に、凛は困ったように頭を掻く。
「えー……そうだね、色々な事情が重なってさ…………あ、そうだ」
どう誤魔化そうかと迷った凛の脳裏に、一つの悩みが浮かんだ。
「ねえ、明葵嬢」
駄目で元々、誤魔化せれば上等だろう。
「近々さ、ある大部隊が行軍を含む演習を七日間ほど行うんだ。」
もし万が一、他所に漏れても問題が無いように。
偽りの情報の中に、一滴の真実を混ぜる。
「その演習に参加する兵の数は、大部隊中に二十人編成で六部隊。
合計百二十人の兵士が参加するんだけど、食料の総量を計算するのが面倒でね。」
やれやれ……と困ったように笑って、凛は話を終えようとする。
「一人当たりの食事の量は、どれくらいですか?」
「え……えっと、大凡だけど……肉乾を一日三枚、米を一斤かな?」
「…………」
何でそんなことを聞くんだ、と凛は不思議そうな表情を浮かべ、落ち込んでいた彰玄も静かに二人の会話を見守っていた。
「百二十人に対する七日間の米の総量は、八百四十斤。
肉乾の総量は二千五百二十枚ですね。」
「「は……?」」
すんなりと食料の総量を答えた明葵に、彰玄と凛は目を丸くしてしまう。
「…………白 明葵」
「はい?」
「兵百八十人ならば?」
「米は千二百六十斤、肉乾は三千七百八十枚です」
信じられないものを見るような眼差しで、問い掛けた彰玄に明葵が再び瞬時に答えた。
「……凛」
「はい」
「一度、上に戻る。
今の計算が合っているのかを確認する」
「御意……!」
目を白黒させて驚いていた凛へと彰玄が声を掛ければ、弾かれたように動き出す。
「え、あの……私、何か変なことを言いましたか?」
そんな彰玄と凛の様子に気圧された明葵が、おどおどと二人を伺う。
「変なことではない。
もしも、お前の計算が合っているならば……軍部に革新が走ることとなる」
それだけのことだ、と笑う彰玄。
「(…………何故かしら……もの凄く、悪どい微笑みに見えるわ……)」
矢張り王弟殿下のことはよく分からない、と明葵は遠い目をするのだった。
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