第三話
霊山の麓に広がる鬱蒼とした森。
大きな風車、風車が回る場所。
その場所に、再び彰玄と凛は訪れていた。
周囲を探れば、相変わらず薄汚れた服を着た女が一人。
「今度は、何をしている?」
「み゛っ?!」
音も無く。
一心不乱にパタパタと火を扇いでいる明葵の背後に、彰玄と凛が立つ。
「びっ、くりしたぁ……」
ドキドキと脈打つ心臓を押さえ、目を白黒させる明葵。
「……大袈裟な奴だ。」
「いや、彰玄様。
普通の女は気配とか読めませんからね……」
跳び上がって驚いた明葵を、不思議そうに見る彰玄。
その横で凛は頭を抱えた。
「……え゛……本当に、また来たんですか?」
「何か問題があるのか?
第一、また来ると言ったはずだが?」
「……困ると言いました」
「それでも、来ると言った。」
「もっと困ると言いました。」
「気にするなと言った」
「気にしますと返しました」
「……土産は持って来た」
「受け取れません」
「既に、知り合いだ」
「名前を知っているだけの関係を知り合いと定義するのは、抵抗があります」
「…………」
「…………」
沈黙が落ちる。
「良いから、受け取れ」
「ちょっ?!」
明葵の目の前に差し出された物。
「ま゛っ?!」
明らかに高価と一目で分かる上等な箱。
「え゛……あの、付かぬことを伺いますが……中身は?」
「衣だ。
女は美しい服や装飾品を好むと聞いた。」
「…………」
明葵の顔が青褪める。
こんな代物を受け取ったら、家族への説明が困難を極める。
こんな行き遅れの女と、妙な噂でも立とうものならば、目の前の男も困るだろう。
困るだけで済めばいいが……鬱憤晴らしに斬り捨てられるのは御免である。
「あの……本気で勘弁してください。
素性も知らない二回しか会ったことのない御仁から、高価な品物など受け取れません……!」
「……衣が気に食わないのか?」
「ちがっ……そうじゃなくて……!」
最早、半泣きの明葵は視線を彷徨わせて凛を見る。
主従関係っぽい凛。
凛に目の前の男を止めてもらわないと、今度は装飾品を持って突撃して来そうな予感を覚えた。
「あー……彰玄様。」
「何だ」
「困ってますよ、彼女」
「…………」
無言で思考する。
何故、困る必要がある?
「……あのですね、彰玄様。
恋仲でも、婚約関係でもない……言ってしまえば、二回しか面識の無い男から高価な贈り物を受け取る奴はいません。
ぶっちゃけますけど、彼女が受け取ったら金目当ての妙な女確定ですよ。
それに、世間には妙な勘繰りをする喧しい輩が多いです。
…………あらぬ噂が立てば、お互いに面倒極まりないでしょう。」
「そうです!
箱からして高級品と主張する衣を持ち帰っては、父に叱責されてしまいます!」
その通りだと何度も頷く明葵。
「……そういう物なのか?」
「そういう物です」
「……そうか……」
憮然とした表情で引き下がった彰玄に、明葵はほっと胸を撫で下ろした。
「(……良かった……。
あんな高そうな衣を、一度しか会ったことのない女に渡そうなんて……。
……余程、私がみすぼらしく見えたのかしら……)」
少しだけ落ち込む。
土や泥に汚れて働くことを嫌とは思わない。
だが……女として終わっていると改めて突き付けられたようで、明葵の心が少しだけ痛んだ。
「(……でも、そう思われてもしょうがないわ。
私は……私に出来ることをするだけよ!
そう、西王母様からご教授して頂いた知識を困っている方のために発揮することこそ、ご恩返しになるはずだもの!)」
己の心を奮い立たせる。
令嬢として終わっていることを考えても、しょうがない!
「それで?
今度は何をしている?」
「……肉乾を作ってます」
「肉乾?」
「はい。
今から少しずつ作っておけば、冬を越すときの食料になりますから。」
「……は?」
「……え、何言ってんの?」
当たり前のように言った明葵の言葉に、彰玄と凛は目を瞬かせる。
「あのさ、えっと……まだ春にもなってないんだけど?
肉乾なんて、まともに食えるのは一月あるか、ないかだろう?」
「え……どうしてですか?
気候にもよりますけど、湿気対策をしておけば半年は最低でも普通に食べられるでしょう?」
「「…………」」
無言になる。
彰玄と凛にとって、肉乾とは一月もすれば虫が湧き、カビの生える代物だった。
「……よく分かりませんけど……」
彰玄と凛の妙な反応に、明葵は首を傾げる。
「えっと……これは、私のオヤツ用なんですけど……」
懐から小さな袋を取り出す。
「昨年の夏の終わりに作った肉乾です」
「これ、が……か?」
「いやいや、嘘だろ?
何で夏の終わりに作ったヤツが冬を越せるんだよ?!」
明葵が取り出した肉乾は虫が湧くどころか、カビの一つも生えていなかった。
「普通、かと……。
だって、保存食に虫が湧いたり、カビが生えたら意味がないでしょう?
衛生管理的にも駄目ですし、食べたらお腹を壊しますよ」
「「…………」」
全然、普通じゃないっ!
そう、叫ぶのは簡単だが……もし、明葵の言に嘘偽りなく夏の終わりに作った肉乾が冬を越せる。
それは、軍備……兵糧的にも革命を起こし得る。
「もし本当に夏の終わりに作ったとして……それは、食べられるのか?」
「食べれますよ」
取り出していた肉乾を裂き、一口放り込む。
「個人的には、汁物にして食べる方が好きです。
硬いから顎が疲れてしまって……」
「「…………」」
再び無言になる。
「お前が……作ったのか?」
「自分のオヤツ用は自分で作っています。
でも、白家の備蓄用には家族総出で作ってます。」
「作り方は、誰に習った?」
「え……えっと……そ、の……」
「誰に、習った?」
「……た、旅の……西月様に……」
「…………」
目が泳いでいる。
「そうか、その女は何処に行った?」
「うっ…………夢のせかい……ちが、夢を探すために世界中を旅して回っているそうです……」
「(嘘だな……)」
「(彼女、嘘が下手だなぁ……)」
子供でも見抜けそうな嘘。
「(……此方としては、分かりやすくて助かるが……)」
彰玄の脳裏に一瞬だけ、菓子に釣られて人攫いに付いていく明葵の姿が浮かんだ。
「……忠告しておくが、甘い菓子に釣られて人攫いに連れて行かれないことだ」
「……私は幼い子供ではありません。
そのくらいの分別はあります……!」
「どうだかな」
不服そうな明葵の表情。
思わず彰玄は、喉の奥で低く笑ってしまう。
「(うわ……彰玄様が素で笑ってる……!)」
滅多に笑うことの無い彰玄。
そんな彰玄が笑ったことに、凛は慄く。
「それで?
この肉乾はどうやって作った?」
「普通に作りました」
「その"普通"とやらを教えろ」
「(……面倒くさい……)」
明葵は、微妙に目の前の男二人の相手をするのが面倒くさくなっていた。
「…………面倒だと顔に出ているが?」
「っ?!」
「……お前は、腹芸に向かぬ女だな」
彰玄はしみじみと呟き、微かに微笑むのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです(*^^*)




