第二話
彰玄と凛の姿が無くなり、明葵だけになる。
「……困った……身なりが良さそうだったし、何処かのお貴族様だったら面倒なんだけど……」
深いため息を付く明葵の側に、火の玉が踊り出す。
「ん……? 華乃ちゃん?」
「にゃっはーん!
明葵さまに一番可愛がられている妹系女子!
妖猫族の華乃ちゃんでーす!!」
火の玉が一瞬だけ激しく燃え上がり、猫目の可愛らしい少女が現れた。
「華乃ちゃん、こんにちは。
今日も可愛いね。」
明葵へと抱き着き、擦り寄る少女の頭を撫でようとした明葵。
しかし、自分の手が潰れた豆から出た血と土で汚れていたことを思い出して手を止めた。
「やぁん!
明葵さまに褒められて私ってば、感激ですぅ!」
大きな玉飾りで結んだ猫っ毛。
人懐っこい子猫のような風情。
「明葵さまぁ、なんか人間臭いですぅ……。
しかも……コレ、雄の人間ですよねぇ?」
しかし、可愛らしい鼻をスンスンと動かせば、瞳孔が開いた目が可愛らしさを裏切る。
「……オス……?
あ……男の人ってことね。」
一瞬、雄と男が繋がらなかった明葵はキョトンとしてしまう。
「そうね……あの人達は結局なんだったのかな……?」
水を受け取ることなく立ち去った二人組。
「あら……妾の可愛い明葵に近寄る男など、頭から食べちゃおうかしら……?」
「ふむ……人間の男など、筋肉が発達しているぶん噛み応えは有りそうだが……不味そうだな。」
何処からともなく声がした。
「鬼星さま、龍理さま、こんにちは」
一陣の風が吹き抜ければ、明葵の側に二人の女が現れた。
「明葵、明葵……今日も、可愛らしいわ。
流石は、妾の可愛い愛し子ね……」
頭頂部に生えた二本の角。
青白い肌を漆黒の衣で包んだ妖艶な美女。
黒い布地には、深紅の花が咲き誇っている。
「おや……人の子よ、愛し子よ。
掌を傷つけて何とする。
雑菌が入れば面倒だぞ。」
理知的な瞳。
だが、爬虫類を思わせる細長な瞳孔。
白い衣を纏い、龍の鱗を思わせる飾りを付けた細身で知的な美女。
「過保護ですよ、龍理さま。
もう、私は幼子では無いので、多少の怪我など問題ありません」
己の掌を見て眉を顰める龍理に、明葵は苦笑してしまう。
「そうは言うが、人の子の命など百年足らず。
我らから観れば、頑是なき赤子のようなものぞ。」
神力を用いて明葵の汚れを清め、掌を癒す龍理。
「そうよ、明葵。
貴女は妾達の大切な愛し子。
……簡単に逝くことは……赦さないわ……」
龍理が握っていない手を掴み、優しく撫でる鬼星。
「うわー……相変わらず、龍神様と鬼神様に溺愛されてますねぇ……」
「え……華乃ちゃん?
鬼星さまも、龍理さまも、近所の子供を可愛がってるようなものだと思うけど……?」
「……そうですね……」
不思議そうな明葵の言葉に、華乃はへラリと笑う。
「(余計なことを言うなって視線を御二方からバリバリ感じますぅ……。
てゆーか、溺愛しまくってるから……明葵さまに持ち込まれた縁談を片っ端から相手を精査して潰しまくってるってゆーのに……)」
明葵を真ん中に猫可愛がりする龍理と鬼星に、華乃は賢く口を噤む。
「それで……我らが可愛い明葵よ。
何か、困りごとか?」
「この人間の男の匂いに関係あるのかしら……?」
龍理の目に剣呑な光が宿り、鬼星の赤い唇から牙が覗く。
「困りごと…………と言う程でもないのですが……」
困ったように微笑む明葵。
「貴族っぽい男の人達が来たので、面倒くさいなぁ、と。」
「ふむ……ならば、雷でも落として丸焦げにしておこうか?」
「うふふ……妾が小鬼に命じて、一欠片の骨も残さずに食べさせちゃいましょうか……?」
「えー……それなら、私の鼠の玩具代わりに甚振りたいですぅ」
三者三様に獲物を狙い、瞳をギラつかせる。
「三人とも、冗談でもありがとうございます」
深々と頭を下げ、苦笑する明葵。
「でも、大丈夫だと思います。
こんな泥だらけの器量の悪い女など、すぐに忘れちゃいますよ。」
控えめに微笑む明葵に、人外たちは不満を押し隠す。
「明葵が、それで良いならば構わんが……」
「明葵、貴女は人間の男になど勿体ないほどに可愛らしい子よ。」
「そうですよ!
そこら辺の人間など、明葵さまの前では道端の小石以下です!」
「お世辞でも嬉しいです。
龍理さま、鬼星さま、華乃ちゃん、ありがとうございます」
人間以外には可愛いと思ってもらえる器量なんだなぁ、と的外れな事を思う明葵だった。
霊山より王城へと戻った彰玄と凛。
直ぐ様に、彰玄は瑞華国の皇帝である姉に呼び出されていた。
「それで、彰玄。
噂の真相は如何に?」
人払いをされた皇帝の自室。
そこには、重厚な執務机に向かう艶やかな美女が一人。
「……霊山の水は、見た限り全てが泥水だ。
あんな泥水、戦場でなければ啜る者などいない。」
「そうか……」
美しい深紅の衣を纏い、髪を結い上げた美女。
目元の泣き黒子が色気を醸し出していた。
「でも、それだけでは無いな?」
瑞華国、初の女帝である宗 黎陽。
その怜悧な瞳が弟である彰玄を見詰める。
「……妙なことをする女がいた」
「女?」
「本人曰く、泥水を真水に変える方法を"濾過"と言うらしい。」
「"濾過"」
目を細め、頭の中にある知識を巡らせるが……思い当たる節はない。
「その女の素性は?」
「今、凛に命じて裏を取っているが……白 明葵。
霊山を管理する白家の令嬢だ。」
「白家……ああ、数え切れないほどに縁談をが潰えた妙な娘がいたな。」
記録されている白家の事を思案すれば、黎陽の脳裏には一人の令嬢の噂が浮かんだ。
「縁談が潰れた?」
「原因は不明だ。
その令嬢と縁談が纏まりそうになると、相手側の家が潰れるか、逃げる。
そのせいで、白家の令嬢は性格が悪いだとか、器量も悪い……呪われているという噂があったはず……」
「…………妙な女ではあったが……」
彰玄の脳裏に明葵の泥だらけの姿が浮かぶ。
「……性格も、器量も悪くは無かったと思うが……」
「っ?!」
彰玄の言葉に、黎陽が目を丸くし、勢いよく立ち上がった。
「彰玄?!
熱でもあるのか?!
人の顔など皮一枚剥がせば同じなどと宣う貴様がっ?!
女の顔を見て器量が悪くないなどっ! 有り得んっっ!!」
侍医を呼べとばかりの黎陽に、彰玄の額に青筋が浮かぶ。
「俺が女を褒めることが可笑しいか?」
「可笑しいだろう。
女に興味の欠片も無い……正直、凛を相手に男色家だと思っていた。
ぶっちゃけ、宮廷内ではお前は男色家だと結構な噂だ。」
「っ?!
誰がそのような根も葉もない噂をっっ!」
不機嫌そうな弟の様子に黎陽は笑いが込み上げる。
「まぁ良いではないか。」
「良くないっ!
噂の大元が分かったら叩き斬る!」
怒りを立ち昇らせる彰玄に、黎陽は益々笑ってしまう。
「……彰玄よ、しばらくその女を監視せよ。
そして……役に立ちそうならば、取り込め。」
「……御意」
皇帝の自室を出れば、空は赤く染まっていた。
「…………」
その夕暮れに、彰玄は目を細め……己の役割を全うするために歩き出すのだった。




