第四話
皇帝の執務室。
「それで?
少しばかりは明葵嬢との距離は縮めることは出来たのか?」
ニヤニヤと。
弟である彰玄の明葵に向ける想いを知っている姉であり。
瑞華国の皇帝である黎陽が彰玄へと水を向ける。
「………………知らん」
素気なく答える彰玄に、黎陽の笑みが深まる。
「そうか……凛?」
「あー……はい」
本人が答えぬならば、お目付け役に聞くまで。
「凛」
「……はい」
余計なことを言うなとばかりに彰玄も凛の名を呼ぶ。
「(……どうしろ、と?)」
早く言え。
何も言うな。
正反対の言葉に、凛の胃がシクシクと痛む。
「……えー……明葵嬢は、彰玄様の許可のもとで現在進行系で円塔の大改造に没頭しているみたいですよ……」
瑞華国の頂点に立つ皇帝の命令を無視する訳にも行かず。
かと言って、瑞華国の次点に立つ王弟の命令を無視する訳にも行かず。
「……とても、楽しそうに窓に嵌っていた青銅製の格子の枠を外していました。」
煙に巻いて、誤魔化すしかない……。
「は…………?」
凛の言葉に、黎陽は微かに目を見開く。
「……女一人の力でか?」
「はい。
明葵嬢曰く、経年劣化とテコの原理だそうです」
「………………意味が分からん」
第一、何故……格子の枠を外す必要がある?
彰玄が怖すぎて、脱走に踏み切ったか?
「先に言っておくが、円塔よりの脱走を計画した訳では無い。」
「では、何故だ?」
「円塔という建物の構造上、一階に火を放たれた場合を想定しての脱出経路を確保するためだそうだ。」
「用心深いというか……まあ、当然か……」
毒殺され掛けたのだ。
用心深くなって当然かもしれない。
「だが、その用心の方向が格子の枠を外すことか……」
「命を脅かされる恐怖に泣いて喚かれるよりは、余程良いと思うがな。」
怖い、恐ろしいと泣き喚かれて、怯えて話にならない女より。
己の命は己で守ろうと行動する女の方が、彰玄は好感が持てる。
「何処までも、お前好みの女という訳か。」
「っ?!
別にそのようなことは言っていない!」
苛立ったように眉間にシワを寄せる彰玄に、黎陽は笑ってしまう。
「さて……冗談は此処までだ。」
それまでの悪戯な笑顔が鳴りを潜め、皇帝としての顔に切り替わる。
「彰玄、西がきな臭い。」
「把握している。
国境に隣接する部隊より、蛮族が戦支度を始めていると一報が届いた件だな?」
「そうだ。」
執務机の上に両肘を立て、口元で両手を組む。
「加えて、西より叔父上がいらっしゃるそうだ。」
「時が合い過ぎているな。
……疑えと言っているようなものだ。」
彰玄と黎陽の脳裏に欲深い豚……ではなく、叔父の姿が浮かぶ。
「ふふ……あの豚が、冗談を装って単冠式前の余に対し、妻に迎えてやるから玉座を寄越せと言った時に首を跳ねるべきだったか?」
「並み居る貴族達の前で、豚を夫にする趣味は無いと言われた時点で諦めれば良いものを」
極寒の氷の大地も生ぬるい。
黎陽の冷え切った瞳から光が消える。
「彰玄、あの豚は自慢の娘とやらも連れて、王都に向かっているらしい。」
「アレの娘?
王族としての見栄とやらを保つために、借金を重ねているような豚の娘とは……どれだ?」
権力を傘に来て、女を取っ替え引っ替えしている割には……子供の数は少ない叔父。
しかも……すでに、全ての娘や息子は借金の形に売り払われ…………秘密裏に、争いの芽は刈り取られている
「血の繋がりのない養女だ。
最も、養女とは名ばかりで、あの豚の下の世話役だ。」
意味有りげに嗤った黎陽に、彰玄は嫌な予感を覚えた。
「おい……まさかとは思うが、あの豚……」
「分かりたくもないが、あの豚の考えそうなことは一つだけだろう。」
盛大に顔を顰める弟に、黎陽は少しだけ不憫そうな眼差しを送る。
「蛮族と手を組み、戦支度させて注意を分散させる。
その上で、世の暗殺を図りつつ、お前に養女とは名ばかりの愛人を使って骨抜きにする。」
あの豚と分かりあえる日など来ないだろう。
「あの豚は、借りた金と兵士、女の色香で戦い、我が身が危なければ簡単に借り物を売り飛ばす。」
あまりの愚策に黎陽は嗤ってしまう。
「……お前の一番好まぬ……逆鱗に触れる策だな」
「くだらん。」
抜き身の刃のような殺意を纏った彰玄は、酷薄な笑みを浮かべる。
「殲滅戦がお好みらしいな」
「そうだな。
害虫は、一匹見れば百匹は居ると思うべきだろう。」
姉と弟。
瓜二つの微笑み。
「(……姉弟揃って悪どい笑みが瓜二つじゃん……。
コレじゃあ、どっちが悪役か分かんないなぁ……。)」
凛は心の中で軽口を叩きつつも、脳裏に今後の必要な物を考え始める。
「(……明葵嬢直伝の肉乾がお披露目できる。
あとは、明葵嬢の守りについても、もう一度考え直すべきか……)」
ぐるぐると思考を巡らせ始めた凛の横で、彰玄と黎陽も話続ける。
「あの豚には、既に"次は無い"と忠告済みだ。」
「ならば、豚の尻尾を押さえた瞬間に首を跳ねても構わんな?」
「証拠は押さえておけ。
その上で、素っ首を斬り落とすのは構わん。」
処刑場を準備する費用が勿体ないからな、と黎陽は嗤うのだった。




