第三話
経年劣化。
テコの原理。
「経年劣化は、そのまま言葉通りです。
年月が経てば経つ程に、新しい物は古くなっていく。」
この塔も、人間も、みんな一緒のこと。
「この塔は、石壁の風化具合や建築様式から考えて百年以上前に作られたと判断します。
それゆえに、青銅製の枠と石壁の接合部分にヒビが入ったり、歪みが発生していた。
更に、青銅自体にも錆が出ている。」
「確かに、錆は浮かんでいるが……歪みは肉眼では分からんな。」
「窓に当てれば分かると思いますよ。
枠と壁の間に隙間が有りましたから。」
明葵の言葉に、凛が動く。
「あ……確かに」
重たい窓枠を持ち上げ、窓に当ててみれば、明葵が言うように隙間が有った。
「経年劣化に関しては理解した。
では、テコの原理とは何だ?」
「テコの原理とは、支点、力点、作用点で構成されている原理なのですが……」
コレに関しては、原理として分からなくとも、一般的に使用されているのではないかと明葵は考える。
「簡潔に表現するならば、長い棒を用いて小さな力で重い物を動かせる原理でしょうか?」
「小さい力で重いものを動かす?」
はい、と明葵は彰玄へと頷く。
「例えば、一般的な女性の腕力しか持ち得ぬ私は、大きな岩を持ち上げることは出来ません」
「え……枠を外してた……」
「夏侯様」
「あ、ごめんね」
思わず突っ込んだ凛に、明葵が苦笑する。
「この場合の"持ち上げる"とは、私の両手を使って幼子を抱き上げるように大きな岩を持ち上る場合です。」
ですが……と、明葵は机上に歯車と青銅の棒を用意する。
「歯車を支点として、青銅の棒の片側に大きな岩。
反対側に私がいるとします。」
説明しながら、歯車の上に青銅の棒を置く。
「青銅の棒の片側を大きな岩の下に差し込み、反対側の棒を下に向かって力を込める。
こうすることで、弱い女の力を増幅して持ち上げる。
それが、テコの原理です。」
何も難しい話ではないのだ。
「青銅製の格子も同じことです。
経年劣化した石壁と青銅製の格子の枠の間に長い青銅製の棒を差し込む。
後は、石壁を支点にして格子に差し込んでいない青銅の棒の反対側に力を込める。」
屈強な兵士が力を込めても外れなかった格子の枠。
「そうすることで、少ない力で格子の枠を外した……怪力などでは有りませんので、悪しからず。」
柔らかに微笑む明葵。
静まり返る室内。
「(…………テコの原理とやらを応用すれば、屈強な兵士が単純に力を込めるだけでは外せない格子を外せる……)」
テコの原理自体は、名称や原理は理解していなくとも建築現場などで使用されている。
しかし……そのテコの原理を応用するには、何故そうなるのかを理解する必要がある。
「……つまり……原理を言語化することが出来るからこそ、応用へ発展する。」
「知識とは、その基礎を学び、他者に言語化できるからこそ理解に至る。
理解に至れば、応用へと繋がり、知識は知恵へと発展する。」
ふふ……と楽しげに微笑む明葵の言葉。
「……知識と知恵。
数多の知識を理解し、知恵を用いれば、青銅の格子を女が外せる、か。」
普通のことのように明葵は言ってのけるが……それは、決して普通のことではない。
「うふふ……!
私個人としましては、テコの原理に加えて扭転の力を用いる方法を推します!
例えばですが、二本の青銅の棒に八の字に布を巻いて、短い棒を巻き込んで回していく圧力!
本来の力を何倍にも発揮するこの方法をもってすれば、成人の指の太さ程度の青銅の棒ならば一点集中した圧力で折ることが出来ます!」
キラキラと瞳を輝かせ、頬を赤く染めて前のめりとなる明葵。
「更に更に!
この技術は医療面においても発揮できるのです!
四肢などの末端から酷い出血を来した場合!
傷よりも上位の部分に布を巻き、短い棒を巻き込んで捻っていくことで!
圧迫止血だけでは止めることが出来ない動脈性の出血へも対応できるのです!」
「…………そうか」
楽しそうに、嬉しそうに止まらない鉄砲水のように語り始める明葵。
生き生きとした喜びに満ちた明葵の表情に、彰玄は静かに聞き役に徹する。
「他にもですね……」
「ちょっ?!
ちょっと止まろうかっっ!!」
聞いてもらえることが嬉しいのか、止まらない明葵に待ったを凛が掛けた。
「明葵嬢っ!
申し訳ないんだが、彰玄様はこのあと公務が入っているんだ。
だから、続きはまた後日で頼む……!」
「あ……も、申し訳ありません……!」
興奮で染まっていた頬が、周囲からの赤に変わる。
「私ったら……いつも兄たちにも叱られているのに……!」
申し訳ありません……と明葵は体を小さくする。
「……構わぬ」
「え……?」
無表情の彰玄が、明葵ヘと視線を逸らしながら答える。
「……楽しそうに知識を語るお前は……嫌いではない。」
「王弟殿下……?」
不思議そうに目を瞬かせる明葵に、彰玄は意を決して口を開く。
「俺は……お前の知識を語るときの幸せそうな表情を好ま……」
「にゃぁぁぁおっ!」
真っ直ぐな気持ちで告げようとした彰玄の声に被せるように邪魔が入った。
「……華乃ちゃん?」
「みゃおん!」
明葵の足元に擦り寄り、白猫姿の華乃が明葵ヘ甘えるように鳴く。
「(…………コイツ……)」
「(……簡単に明葵さまに好意を伝えられると思わないことねっ!)」
一人と一匹の間に激しい火花が散る。
「…………胃が痛い……」
そして……今日もまた、凛は胃を押さえるのだった。




