第二話
床の上に置かれた青銅製の格子の枠。
目を逸らして椅子に腰掛ける明葵。
無表情の彰玄と現実逃避を仕掛けている凛。
「……それで、何が目的で格子を外した?」
「……………許可は頂いたので、脱出経路の確保を目的に外しました。」
「……逃げるつもりだった、と?」
つい先日……賭けではなく契約だったと言い直したばかりの女。
あの時、既に彰玄に隠れて……この鳥籠から逃走するつもりだったのだろうか?
「はい」
「っ…………契約は続いているとお前は認めただろう」
賢い女。
彰玄達を油断させておいて最初から逃げるつもり……
「契約が続いているからこそ、万が一の逃走経路を確保したくて……」
「…………白 明葵、待て。
何故、契約が続いていると逃走経路の確保に繋がる?」
一瞬、本気で意味が分からなかった。
契約が続いているからこそ、逃走経路の確保という言葉が結びつかない。
「え……?」
彰玄の問い掛けに、キョトンとした表情を浮かべた明葵は首を傾げる。
「だって、円塔の一階とか、外に火を放たれたら、私の丸焦げが出来上がりますよ」
「…………」
丸焦げ……。
真っ赤な炎に包まれた円塔の中で、黒い煙と赤い炎の舌に巻かれた女の姿が脳裏に浮かんだ。
「っ……」
絶対に許せない結末に、彰玄の眉間にシワが寄る。
「明葵嬢の……丸焦げ……」
明葵の率直な言葉に、彰玄は額を抑え、凛は頬を引き攣らせた。
「炎や熱というものは、下から上へと昇ります。
つまり、私の殺害を目論むに当たり、効率的な手段の一つは"火災"だと推測します。
一階が火の海になってしまえば、現時点では私に逃げ道は有りません。」
真面目な表情で説明する明葵。
「いや、あのね……幾ら何でも火が放たれたら兵士達が気がついて鎮火させるからね」
「それはどうでしょうか?
干魃が続いている現在、水は貴重です。
たかが、女一人と古びた塔のために貴重な水を使って鎮火させる。
私の命と貴重な水を天秤に掛けて、優先順位を私の命と考える兵士の数はどれほどいるのか……?」
「…………王族が大切に保護している存在を守らぬ兵士はおらぬ」
「では、鎮火させようとした兵士たちの邪魔をする者達がいたら?
更に、放火された場所が複数に及んだ場合は?」
そう、自分の身は自分で守るまでは言えないけれど、最悪を想定して手は打っておくべきだ。
「火災に伴う炎、熱、煙。
干魃に伴う乾いた空気の中では、火の回りは速い。
更に、油を撒かれたら?
……二階くらいの高さならば、躊躇わずに飛び降りますけど……三階以上は、ちょっと……」
考えただけでも恐ろしい。
「……最上階のこの部屋で、向かってくる煙にのまれ、意識を失い、そのまま丸焦げになるか?
微かな希望を胸に、最上階から飛び降りるか?」
どちらも、御免だ。
「……だから、青銅製の格子を外した、と?」
「はい!
先に言っておきますが、飛び降りる経路の確保ではありません!
縄梯子もしくはロープを準備しておき、万が一の場合の脱出経路として活用させます!」
円塔内部で避難が出来ないならば、外側から避難すればいい。
しかも、普段は最上階に縄梯子などを置いておけば、この部屋を訪れない限り避難経路の存在を知り得ないのだ。
「私の避難経路の確保を目的に外しましたので、決して悪戯や遊び心での破壊活動ではありません!」
だから、その……とオロオロと明葵は視線を彷徨わせる。
「ちゃんと、事前に王弟殿下には円塔を改造することへの許可は貰っていましたしっ!
白家に窓枠を外したことに関して修繕費を請求しないで欲しいと言いますか……」
「そんなことはせぬ。」
ため息交じりの彰玄の返答に、明葵は隠すことなく安堵の表情を見せた。
「それよりも、だ。
何故、古いとは言え……青銅製の窓枠が女一人の力で外せた?」
「この円塔を準備した時に、兵士達にも確認させたけどさ……誰も枠を外せた奴は居なかったんだけど?」
まさか……本当に怪力の持ち主か?と彰玄と凛の目に疑問が浮かぶ。
「確認方法など詳細は分かりませんが……」
しかし、そんな二人の疑いの眼差しを明葵は不思議そうに見つめ返す。
「経年劣化の問題とテコの原理が重なれば、青銅製の枠を外すことは十分に女一人でも可能かと。」
明葵は、普通のことだと言わんばかりにふわりと微笑んで答える。
「経年劣化……?」
「テコの原理……?」
経年劣化はまだわかる。
だが、テコの原理という聞きならない言葉に、彰玄と凛は首を傾げてしまうのだった。




