第二十九話
自責の念に苛まれ、言葉足らずな我が身を深く悔いていた彰玄。
国のため、民のためにと大義名分を掲げても。
明葵の心を無視した自由を奪う護り方は、私利私欲のために明葵を傷付けようとする輩と何が違うのか?
「王弟殿下……私も、貴方様を誤解して申し訳ありませんでした。」
それなのに……。
高い塔の上。
心を無視して鳥籠に閉じ込めたはずの女は、彰玄に柔らかく微笑んだ。
「っ…………お、れは……」
ドクンと心臓が跳ねる。
心臓が早鐘のように音を立てる。
「白 明葵、お前を驚かせ、怖がらせたことを謝りたい……」
頬と言わず、全身が熱い。
瞳が潤み、明葵を直視できない。
「そして……お前が微笑んでいられるように、どうすれば守れるのかを……教えて欲しい……」
胸が締め付けられる。
明葵が触れている手が火傷したように熱い。
「……そ、の……王弟と、してではなく…………ただの、彰玄として……見てもらえる、と……たす、かる……のだが……」
この……感情は何だ……?
戦場に立った時も。
強敵と剣を交えた時も。
暗殺されかけた時も。
乱れることなど無かった鋼の理性。
「っ…………」
それが……何故、彰玄よりも遥かに弱い丸腰の女の前で崩れ去る?
「……王弟として……では、なく……ですか?」
困ったように微笑む。
「それは……なかなかの難題ですね。」
立場とは、難しい。
個人が良くても、周囲の目が許さない……面倒極まりない時もある。
「でも……そうですね…………」
これは……明葵の推測だが、宗 彰玄という歳下の男はビックリ箱のような明葵に興味を持ったのだろう。
「(……よく分かりませんが、男性の中には絡繰などを好む方が一定数いるみたいですし……。
桐兄様は大きな風車に目を輝かせていましたから。
大きくて、強そうで、面白そう……でしたか?)」
明葵と仲良くなって、絡繰などを間近で体験し、楽しみたいのかもしれない。
「(以前……お母様が、男は何時まで経っても童心を捨てきらない生き物だと仰っていましたから。)」
一応なりとも、男と女の括りにはなるが…………異性に困ることの無い王弟が、行き遅れの年増のおばさんを異性として見るなど有り得ない。
「(……近所のおばさんに懐く男の子と言ったところでしょう)」
達観していた。
明葵は、異性から恋愛感情を向けられるなど露ほども考えていなかったのである。
「……形から入るという言葉も有りますし……」
まぁ……深い意味はない。
「"彰玄さま"とお呼びしましょうか……?」
ぶっちゃけ、霊山で発明などに没頭している明葵にとって、堅苦しい呼び名が面倒だったりする。
「っっ……?!」
息ができない。
衝撃が走る。
「え……ちょ、お顔が真っ赤……?!」
力が抜ける。
「っ……ぅ…………み、みるな……!」
その場に座り込んでしまう。
自分でも、真っ赤に染まっていると分かる顔を腕で隠そうする。
「もしかして……まだっ毒の影響がっ?!」
失礼します!と明葵の顔が彰玄に近付いて来る。
「…………少し、熱がある……かな?」
「……い゛っ…………ぅっ…………」
額が重なる。
至近距離に……吸い込まれそうな明葵の瞳。
嫌に艷やかに見える唇に……
「だっ……大丈夫だっ!
俺は問題ないっっ!!」
今っナニを想像したっっ?!
彰玄の思考が大混乱に陥る。
「……様子も可笑しいですし……毒の効果の一部……?
すぐに、夏侯様を呼びましょうっ!」
夏侯様っ!と叫ぶ明葵に彰玄は焦る。
顔を赤く染め上げ、動揺している姿など、幼馴染の凛が相手でも見せたくないっっ!!
「待てっ!俺は本当に大丈夫だっ……ぐっ?!」
「……え……ひゃっ……?!」
明葵を止めようと、そして自分は大丈夫だと主張するために。
何故か、立とうとしてしまった彰玄が服の裾を踏んで体勢を崩す。
「明葵嬢っっ?!
何があった………………」
明葵の声に反応し、扉を明け放った凛が固まる。
「……あら、まあ……」
凛に続くように、後ろから覗き込んだ蘭花も目を丸くする。
「……いた、たた……うー……ん?
あれ……王弟殿下…………?」
互いの吐息を感じる程に近い顔。
零れ落ちそうなほどに見開いた黒曜石の瞳。
「………………」
体勢を崩した彰玄。
明葵の方へ倒れ込んだ身体。
「あの……王弟殿下?
退いて頂けると助かるのですが……?」
端的に言えば、彰玄が明葵を押し倒し、覆い被さっている体勢だった。
「……………」
「王弟殿下……?
夏侯様! 王弟殿下の様子が可笑しいです!」
少し間違えば重なったかもしれない唇。
そんな状況でも、男に押し倒されても、恥じらいの一つもない通常運転の明葵。
「……あー……うん。
大丈夫だよ、明葵嬢。
彰玄様は、此方で引き取るね。」
「ありがとうございます!
もしかしたら、顔を真っ赤にされて、少しだけ体温も高い様子だったので毒の影響があるのやも……」
「あー……毒、ね。
うん、まあ……そっかぁ……毒かぁ……」
どっちかと言えば……不治の病の方かなぁ……?
現実逃避である。
「……自覚されたかは不明だけど……春が、来たかぁ……」
全くもって脈も無さそうな上に、異性とすら見られていないが。
無言で固まった主を回収するために、凛は痛い胃を押さえながら一歩を踏み出すのだった。
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