第二十六話
夜の円塔。
「……明葵さまぁぁ……」
白猫の姿から、人の姿になった華乃が眠り続ける明葵に寄り添う。
「お猫様……娘がご心配をお掛けして申し訳ありません……」
「蘭花、お前のせいじゃないわ。
……本当なら……私が人の姿に化けてでも、止めればよかったのよ……!」
大きな瞳に涙を一杯に溜めて、唇を噛み締める。
「私がっ明葵さまの気持ちを無視しちゃえば良かったのにっ!」
「……でも、それをこの子は望まない。」
本当に困った子だと、蘭花は苦笑する。
「目が醒めたら……この子も、叱らなければなりませんね」
「にゃにゃっ!
私は、人間はあまり好きじゃないけれど、蘭花や白一族は嫌いじゃないわっ!
だって! まさか、蘭花があの穆念慈を背負投げで吹き飛ばすなんてっっ!!」
輝く笑顔の華乃は、この塔へ蘭花が来た瞬間のことを思い出す。
明葵が意識を失って、暫く。
何故か眠る明葵の側を離れない彰玄。
「(あー……鬱陶しいっっ!!
こんのっデカブツの置物は何がしたいのよっ?!
どうせっ! お前が側にいても明葵さまは良くならないんだからっ!
さっさと人間らしく犯人探しでも、何でも、すればいいじゃないっっ!!!)」
猫らしく不機嫌に尻尾を何度も床に叩きつけるように華乃は動かす。
「…………」
まるで石像のように。
無表情で動かない彰玄に、華乃は余計にイライラしていた。
「失礼します」
その時、凛の声が部屋に響き、二人の人影が入って来た。
「彰玄様、白夫人をお連れしました。」
「…………」
凛の背後で、たおやかな仕草で跪拝する婦人が一人。
白夫人こと、明葵の母・蘭花である。
「……そうか」
「……彰玄様……」
何処か、心此処にあらずな彰玄の様子に、凛の顔が曇る。
「……彰玄様、御気分が優れませんか?」
「いや……そのようなことはない。」
己へ一瞥も向けることなく答える彰玄に、凛の顔が益々曇る。
「…………」
そんな彰玄の姿に、目を細める者が一人。
「あの、恐れながら……王弟殿下。
……娘の側に近寄っても宜しいでしょうか……?」
「……構わぬ」
「……失礼を致します」
静々と、貴婦人の鏡のような仕草で寝台へと近付く蘭花。
「……明葵……」
白い横顔。
しかし、命の危険を感じるほどの顔色の悪さは無いことに、蘭花は安堵する。
「……王弟殿下……」
「なんだ?」
眠る明葵の横顔を見詰めていたかと思えば、力ない声で蘭花は彰玄へ声を掛けた。
「……大変申し訳ないのですが……一度、お立ち頂いても……宜しいでしょうか……?」
瞳を伏せ、悲しげな様子の蘭花。
「…………こう、か?」
「ありがとう、ございます……」
悲しげに微笑む。
「……歯ぁ、食いしばれや」
美しい微笑みを……殺意溢れる目が裏切っていた。
「っ?!」
ダダンッッッ!!
「彰玄様ぁぁぁぁっっっ?!」
文字通り……宙を舞った。
「貴様っ!相手を王族と知っての狼ぜ……」
「あ゛あ゛っ?」
凛の怒声を掻き消す、蘭花の貴婦人とは思えぬ百戦錬磨の鋭い眼差し。
「ぴ……」
大人しくしないと殺られる……!
凛は、一瞬で死を覚悟した。
「あーあーあー、コレだから王侯貴族様は嫌なんですよ。」
蘭花は寝台に腰掛け、優雅に脚を組む。
「腑抜けてんじゃありませんよ、大の男が。
何ですか、股の間のご立派な物でも、どっかに落としてきやがりましたか?」
「……は?」
あまりの暴言。
投げ飛ばされた鈍い痛みと貴婦人の口から飛び出したとは思えない暴言に衝撃を受ける。
「守る? 守ってやる?守っているつもりだった?」
鼻で嗤う。
「なぁ、お坊ちゃん。
……守っているつもりのお人形遊びは楽しかったかい?」
「っ……俺は……!」
図星を刺されて気色ばむ。
「騙し討ちで王城に呼び付けて。
家族を人質に自由を奪われて。
相手の心を無視して守ってやって?」
蘭花の言葉が痛い。
「挙句の果てに……自由を奪って、心を無視して、怪我をさせたお坊ちゃんを助けるために毒を塗る?」
言葉を切る。
全てを、このお坊ちゃんの所為にするほど蘭花も子供ではない。
「いい年した野郎が、お人形遊びをしたけりゃ他所でやれ。
……ウチの家族を巻き込むんじゃねえよ。」
だが……明葵が毒を受けた原因の一端は間違いなく、このお坊ちゃんにある!
「挙句の果てに、女の横で腑抜けやがって……巫山戯んのも、大概にしろや。」
「…………言い返す言葉もない。」
言い訳など、出来ない。
蘭花の言うとおりだからだ。
「…………すまなかった……」
守る、などと……彰玄に言う資格はない。
ふらりと立ち上がり、彰玄は部屋の外へと歩いて行く。
「彰玄様!」
その後を凛が追う。
二人の気配が十分に去った頃。
「……大変失礼を致しました、お猫様。」
組んでいた脚を淑やかに閉じ、衣の裾を正して貴婦人の微笑みを浮かべる。
「……にゃ……ビックリした……」
霊山では決して見ることの無かった蘭花の一面。
彰玄を投げ飛ばした瞬間より、あまりの驚きに目を丸くして華乃は見守ることしか出来なかった。
「うふふ……どうか、お猫様?
愛する旦那様や子供たちには秘密にしてくださいまし。
…………昔っから、中途半端なお坊ちゃんは嫌いな性分でね。」
んもう! 昔の血が騒いじゃったわ!と蘭花は笑うのだった。
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