第二十五話
後宮にある皇帝の自室。
白 明葵への毒殺未遂の一件は、直ちに皇帝・黎陽に報告された。
「……彰玄にほぼ障りは無く……明葵嬢が熱を出して寝込んでいる、で相違ないな?」
事の経緯を簡潔に纏めた報告書から視線を上げる。
「相違御座いません……!」
「そうか……下がれ。」
一礼して立ち去る兵士。
「…………舐められたものだな。」
怒気が溢れ出す。
周囲に控える侍女たちの体が強張る。
「…………」
すぐに怒気を収め、思考を切り替える。
彰玄と明葵が実行犯を追うならば、黎陽は頭に叩き込んでいる貴族達の動向を洗い出していくのだった。
王城内にある森のように木々が鬱蒼としている一角。
「(……失敗、したか……)」
一族の秘伝。
夾竹桃の毒性を最大限に引き出し、他の毒薬をも組み合わせた最悪の毒。
皮膚からも簡単に吸収され、無味無臭。
口など粘膜に入り込めば……一溜まりもない猛毒。
「…………」
一族の秘伝の調合は、まさに命懸け。
その毒を扱う者もまた……死に絶える猛毒。
どんなに毒を防ごうとしても、空気に舞い散った毒の粉は簡単に体の中に入り込む。
……今回の毒を調合した奴も……息絶えた。
「……まだ……」
まだ、動ける。
毒を軟膏に混ぜる作業で毒が肌に付着してしまったが、すぐに洗い流した。
だが……空気を舞い、鼻や口から入った毒の粉は同仕様もない。
「(……一度……逃げ延びて、もう一度……)」
体が怠い。
すぐに息が上がる。
だが、生きて逃げ延びるために、必死で足を動かす。
「あらあら……妾の可愛い子に毒を盛って、逃げられると思っているなんて…………片腹痛いわ」
闇が揺らめく。
「…………未来永劫、輪廻の輪に戻ることは許さぬ」
雷鳴が轟く。
「ひっ……ぃ……ぃぎ……っっ……」
男の体を衝撃が走り、白目を剥く。
「何を勝手に心の臓を止めようとしているのかしら?」
肋骨が折れる勢いで、不可視の衝撃が男を襲う。
「がぁっっ……はっ………」
一度止まった心臓が、強制的に動かされた。
「ふむ……脆いな。
どうでも良いが、玩具にもならぬ。」
「ほんに、人は弱すぎて話にもならない。
少し触った程度で、勝手に死ぬのだもの。」
笑みもない。
怒りもない。
嘲りもない。
全く感情の宿らない……二柱の神の瞳。
「まあ、良い。
死んでも、魂魄を責めればよいからな。」
「それは、良い考えね。
でも、龍理。
コレに依頼した塵に繋がるように伝言は残さないと。」
「面倒なものだな、鬼星よ。
一目見れば、悪しき縁の繋がりなど一目瞭然と言うのに。」
龍神と鬼神から神気が立ち上る。
「……っ…………ぃ……ぁ……っっ!!」
二柱の神気に当てられ、男は声も無く絶叫を上げるのだった。
王城内に、雷が落ちた。
鬱蒼とした木々が生える、その場所。
「……な、んだ……これは……っ……!」
地面に空いた大穴。
駆け付けた兵士達が見たもの。
鉄臭い匂い。
「……これは……血、か……?」
体の端から食い千切られたような凄惨な遺体。
「……自分の血で……」
木の皮を毟り取った木肌。
大きな石の表面。
「うっ……おぇっ……………ぐ……」
吐き気を覚え、口元を手で押さえる。
「……すぐ、に……上へ報告書を……!」
兵士達の見える範囲に、血で書かれた文字文字文字文字……。
その内容は……とある高位貴族を指していたのだった。
とある高位貴族の屋敷。
「あの下賤な役立たずめっっ!!」
怒り狂って、手に持っていた杯を壁へと投げ付ける屋敷の主。
中身を撒き散らし、激しい音を立てて壊れた杯。
「おのれっ! おのれぇぇっっ!!」
豚のように肥え太った男が、ふーっふーっ!と荒い息を吐く。
「(あの年増の醜女がっ!!
あの女の分際で皇帝を名乗る阿婆擦れを引き摺り落とし!
儂の娘を充てがった王弟を皇帝に後押しして甘い蜜を吸う予定だったと言うのにっっ!!)」
怒りと苛立ちのままに、肥え太った男が手元に掴んだ物を次々に投げて行く。
「何故じゃっっ!
何故っ! こうも上手くいかぬっっ!!!」
荒い息を吐く肥え太った男が、入り口に向かって叫ぶ。
「誰かっ! 誰かおらぬかっっ!!」
叫ぶ。
「おいっっ! この儂が呼んでいるのじゃぞっっ!!!」
静まり返っている。
……まだ、昼前なのに。
「っ……おい!」
普段ならば駆け寄って来る使用人。
侍女、警備の兵……。
誰も……返事すら、いや……気配すら、無い。
「……な、何なんじゃ……」
「おやおや……誰か、お探しですか?」
背後から、声がした。
「ひっ……」
振り返る。
「誰も……いない……?」
可笑しい……あんなにも、はっきりと聞こえたのにっ!
背筋が粟立つ。
早く、この部屋を出なければ……!
「何処に行くのですか?」
一歩。
一歩、歩き出そうとした、瞬間。
「い゛っ……ぃ……ぃぎ……」
冷たい何かが、喉に巻き付いた。
「……人間は、脆い。
すぐに、壊れて腐り落ちる。」
静かに、這い寄る。
縦長の瞳。
色素の薄い髪。
「ああ……安心してくださいね。
すぐには死なないように、調整していますから。」
穏やかな笑み。
だが……その蛇の瞳は冷え切っている。
「私が、人間に求めることは唯一つだけ。」
くすりくすり、と笑う。
「あの御方を……我らの下に返すことのみ。」
だから……と白蓮は嗤う。
「言の葉は必要ありません。
かの神々は、すべてを御存知だ。」
そう……人間の言葉など不要。
「安心するといい。
苦しめとも言いません。
お前には死してなお、永劫の責め苦が待っているだけですから。」
とある貴族の館に音にならない絶叫が響くのだった……。
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