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瑞華国白家奇譚〜理系令嬢は恋より発明がしたいのに、王弟殿下に執着されています〜  作者: ぶるどっく
第一章 運命の歯車と鳥籠の毒

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第二十四話



 毒殺未遂。


 しかも、王弟に毒が盛られかけた。


「……幸いなことに毒を付着させた範囲が少なかったこと。

 すぐに洗い流したことにより、大事には至らないかと。」


 典医である老人が、彰玄を診察して告げる。


「しかし、多少の違和感はある御様子。

 それに、脈も少しばかり早いように感じまする。

 本日は安静になさり、水分を多めに摂り、此方の薬をお飲み下さい。

 体より毒の成分を排出させる必要が有りますからな。」


「そうか。」


 典医の見立てに彰玄は短く返し、静かに見守っていた凛は胸を撫で下ろす。


「……彼女は?」


 彰玄の視線が椅子に腰掛けた明葵へと向く。


「そちらのお嬢様は、王弟殿下よりも毒を塗った範囲が広く、時間も長い上に体が小さい。

 その分、余計に体に毒が回っている。

 王弟殿下と同じように薬をお出ししますが…………王弟殿下よりは、毒の影響が強いかと。」


 数日は安静にしてください、と告げる典医。


「……凛、毒の混入経路を洗い出す。

 毒入りの軟膏が、此方の手に届くまでの間に関わった者すべてを……」


「体調不良者、もしくは……遺体を探す方が早いかもしれません……」


「「「?!」」」


 椅子に腰掛け、怠そうにしている明葵が口を開いた。


「白 明葵。

 どういう意味だ?」


「……軟膏を塗ってから、症状が出現するまでの時間が短かった。

 しかも、薄く短時間だけ塗ったにも関わらず……この威力です。」


 軟膏。


 それは、馬などの油に、粉にした薬を混ぜて練り合わせるもの。


「例えば、ですが……夾竹桃という植物が有ります。

 植物毒としては、とても強力で心臓に作用します。

 でも、経皮的に吸収されて致死的かと言われると微妙かもですが……。

 昔から、夾竹桃は燃やしたり、樹液を舐めたりしただけで危ないと言われています。」


「…………毒を扱った者も、死ぬ可能性があると?」


「はい。

 革の手袋を装着し、口元を布で覆っていたとしても……。

 此処まで強力な毒の影響を全く受けないものでしょうか?」


 それこそ……命懸けの調合の可能性が高い。


「軟膏に混ざった毒の特定がすぐに出来れば、毒を混ぜた機会や調合可能な人間の特定も早いかもしれません。

 でも……複数の毒を混ぜた未知の物だった場合、すぐに毒の種類を特定することは困難を極めるかな、と……」


 毒の影響だろうか。


 いつもより、頭がふわふわする。


「……白 明葵。

 お前は……自分が死にかけたことを、殺されかけたことをわかっているのか?」


 狼の唸り声のように、低い声。


 寝台にいた彰玄が、無言で止めようとする凛の手を振り払い、明葵へと近付いて来る。


「……毒を入れた人の標的は王弟殿下ではなく……"私"ですよね。」


 暗殺されかけた。


 誰かに死を望まれた。


 理由は……明葵が、邪魔だったのだろうか?


 明葵の横に立つ、彰玄に視線を向けることなくポツリ、ポツリ……と話す。


「軟膏に命懸けで、危険な毒を混ぜる。

 そんな毒を扱える人間が、情報収集を疎かにするとは思えない。」


 ……それこそ、己の命を掛けて毒を盛るのだから……誰だって犬死は御免だろう。


「……その人は、軟膏を使用しているのが"私"だと知っていた。

 王弟殿下自らが毎日、その手で"私"に塗っていた事実。

 それは、軟膏を塗る場面に居合わせた三人以外に知る由もありません。」


「……医務官に、痣の経過を伝えることは有っても…………彰玄様が塗っていたことは言ってない。」


 明葵の推論に凛が目を見開き、呟く。


「だから……狙われたのは"私"です……」


 凛の言葉を得て、明葵は確信する。


「そこまで分かっているならば……!

 何故っ冷静でいられる?

 その猫が危険を知らせなければ!

 軟膏を塗ろうとした俺の手をお前が止めなければ……!」


 いつも通りに。


 いつも通りに、彰玄が傷付けてしまった腕の痣に。


 毒入りの軟膏を丹念に塗り拡げていたかもしれないのだ……!


 薄く塗っただけでも!


 すぐに洗い流しても!


 これだけの威力がある強力な毒!


「俺がお前を殺していたかもしれない……!」


 悲痛な叫び。


 己が傷付けた傷を治したい、と。


 早く良くなって欲しい、と。


 そう、彰玄が願って塗った薬で……明葵が死んだかもしれなかった。


「……死んでいません。」


「っ……」


「私だって……今は、まだ……深く、考えられてないだけというか、現実味がないというか……」


 たぶん……まだ、心が付いてきていない。


「……怖いって、まだ思いたくない…………思ったら、怖くて動けなくなっちゃう、から……」


 誰かに、死を望まれている実感が薄いから。


 今は、心を奮い立たせているから……。


「たぶん……気が抜けた時に、怖いってなっちゃう……」


 ちょっとだけ……。


 ちょっとだけ、疲れたかもしれない。


「……すみません、王弟殿下……なんだか、ねむくて……」


「白 明葵、待て……先に薬を!」


「……めが、さめてから……のみ、ますから……」


 明葵の意識が遠のいて行く。


 彰玄の声が遠くに聞こえる。


「……おや、すみなさ……い……」


「っ……」


 ゆっくりと力が抜け、傾いた体を彰玄が受け止める。


「あつ、い……!」


 今まで、軟膏を塗るために触った明葵の体温よりも、体の熱が高い。


「典医!熱が……」


「毒というよりは、精神的なものの影響で御座いましょう。」


 彰玄に抱きとめられた明葵の様子を伺いながら、典医が答える。


「……王弟殿下よりも、体が小さいゆえに……影響も大きかった。

 さらに、心体的な負荷と疲労が重なり、熱が出たので御座いましょう。」


 当然だ。


 死ぬかもしれない恐怖。


 死を望まれている恐怖。


 幾つもの恐怖と戦っている娘。


「未知の毒を己の体で試すなど……。

 ですが……彼女の無謀とも言える行動がなければ、毒の性質を知ることが出来なかったことも事実。」


 目の前の顔色が悪い明葵よりも、遥かに年上の典医。


「……同じ状況に立たされて、彼女のように行動する勇気は儂には有りませぬな。」


 典医は、静かに立ち上がる。


「毒の特定を急ぎまする。」


「……任せた」


「御意」


 年若い娘が命懸けで掴んだ真実。


 その心に少しでも早く報いるために、典医は踵を返すのだった。


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