第二十三話
突然、明葵に勢い良く掴まれた彰玄の手首。
「白 明葵っ?!」
「王弟殿下っ! 指先を失礼します!」
彰玄の掴んだ手首を引き寄せ、その指先に顔を近づける。
……匂いも何も感じない。
だが……人間には感じない"何か"だとしたら?
「何をしているっ?!」
明葵の突然の行動に華乃を抑えていた凛の腕が緩む。
「ふっしゅぅぅぅぅっっ!!」
凛の腕から逃げ出した華乃が床に降り立つ。
床の上に落ちて溢れた軟膏を前に唸り声を上げる。
「っ……!」
華乃は、彰玄を一瞥することなく一心に溢れた軟膏を威嚇する。
「王弟殿下っ!
軟膏に触れた指先を絶対に顔に近付けないでっ!
いえ、顔だけじゃなく、何処にも触らないでくださいっ!!」
「っ……わかった!」
鬼気迫る明葵の言葉に、彰玄も何かを察する。
「夏侯様っ!
そこに水盆が有ります!
まずは、その水で軟膏の付いた手を念入りに洗ってください!
洗いながら水も何度も変えてくださいっ!」
「っ……わかった!」
明葵の言葉に従って、彰玄の側へ水盆を運ぶ。
何度も水を替えながら、彰玄は指先を洗う。
「…………毒……」
軟膏に混ぜられた毒。
もし……万が一、解毒剤が必要な毒だったら?
指先に付着した程度だが……明葵は、薬や毒の専門家ではない。
……多少、齧っている程度だ。
「っ……」
周囲を見渡す。
部屋の机の上に置いた歯車。
青銅の細い棒。
「…………」
覚悟を決める。
「ごめん!華乃ちゃん!」
「みゃ……み゛ゃぁぁっっ?!」
明葵が毒に気が付いた故に、唸り声を潜めていた華乃が悲鳴のような声を出す。
「みゃあぁぁっっ!!」
必死で明葵の服の裾を噛んで引っ張り、止めようとする。
「白 明葵っ! 何をしている?!」
猫の声に気が付いて、振り返った彰玄と凛の視界。
「っ……毒の性質を知る必要が有ります……!」
そこには、青銅の棒を使って……腕の痣に薄く軟膏を塗った明葵の姿。
「だからと言って!
お前が塗る必要はないっっ!!」
「そうだよっ!
君まで毒を……」
指先を洗う手を止め、彰玄と凛が叫ぶ。
「王弟殿下が軟膏に触れてしまっています!」
「っ……?!」
「は……?」
明葵の一言は凛の言葉を封じ、予想外の言葉に彰玄の思考が止まる。
「軟膏に混ぜたと言うことは、犯人は皮膚から吸収させる毒を想定している可能性が有ります!
その場合、毒に伴う症状などを把握せねば、対応策が分かりません!」
だからこそ、知らねばならないのだ。
「だから……確認します。
皮膚から吸収されてしまうか?
それとも、皮膚から吸収されない毒なのか?
そして、毒を塗ってしまった王弟殿下にとって……どれほど危険なのか。」
それに……明葵が毒を塗る利点。
「健康な皮膚よりも、治りかけの痣の部分に塗った方が毒の効果が現れるのが早いかもしれません」
毒を薄く塗った己の腕の痣を、明葵が冷静な目で見つめる。
「っ……何を考えている?!
今すぐに毒を洗い流せっ……凛っ!」
明葵が自身に塗った毒を洗い流すために近付こうとした彰玄を、凛が羽交い締めにして止める。
「申し訳ありませんっ!」
邪魔をするなっ!と叫ぶ彰玄を、必死の形相の凛が抑え込む。
「白 明葵っ!
利点など知らんっ!
お前の身体で試す必要はないっっ!!」
「(明葵さまぁぁっっ!!
こんな人間のためにっ!
危険な毒を明葵さまの身体で試す必要は有りませんっっ!!!)」
彰玄が邪魔をする凛を振り解こうと暴れ、華乃の心が叫ぶ。
「…………ふふ」
必死の形相で叫ぶ彰玄を見て、明葵は思わず微笑んでしまう。
「何が可笑しいっ!!」
「だって……そんなに必死に私の身を案じてくれる方を……」
怖いだけの権力者だと思っていたのに……
「優しさを感じてしまったら…………見捨てることなんて、出来ないでしょう……?」
「……っ……俺は、優しくなど……」
淡く微笑んだ明葵に、彰玄は絶句する。
「……大丈夫ですよ。
私も命は惜しいですから……危なそうな時には、すぐに洗い流します……」
それに……明葵に薬を塗ろうとしなければ、彰玄の指先に毒が触れることは無かったのだ。
「(……大丈夫、大丈夫よ……。
すぐに洗い流せる程度に薄く塗ったし、口から毒を飲むよりは大丈夫なはず……!)」
本当は明葵だって怖い。
毒を塗るなんて、生まれて初めての経験だ。
毒蛇に噛まれるよりは、マシだろうかなどと現実逃避をしてしまう。
「…………」
必死に凛を振り解こうと暴れる彰玄を横目に、怯える心を意志の力で抑え込む。
「……っ……ぁ……!」
ドクンっ!
痣が微かに熱を持ち、心臓が跳ね、胸が締め付けられる。
「っ……う……」
急いで水盆へ腕を突っ込み、皮膚の痛みも気にせずに擦り続ける。
「っ……王弟殿下! 動かないでっっ!」
「っっ?!」
激しい一喝。
思わず、ピタリと動きを止めた彰玄。
「大人しく! 今すぐに!
寝台に横になりなさい!」
ピシャリと言い放つ。
「夏侯様!
医務官の手配を!
心臓が跳ねて、脈が飛ぶ!
吐き気を伴う目眩!
それが、この毒の症状です!」
「わかった……!」
明葵の叫びに応じて、凛が走る。
「…………何故……」
明葵の一喝に大人しくなった彰玄が呆然と呟く。
「……っ……は、ぁ……」
水盆の水を変え、せっかく治りかけた痣が赤くなるほどに。
しっかりと毒を擦り落とす明葵の横顔。
「何故……だ……」
……わからない。
怖いだけのはずの権力者を。
優しいなどと言い、命を危険に晒す。
彰玄には、明葵のことが……余計に、分からなくなるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです(*^^*)




