第二十二話
「もうもうもうもうもうっっ!!」
朝一番から、ふしゃあぁぁっっ!と毛を逆立てる猫が一匹。
「明葵さまは優しすぎますぅぅぅっっ!!」
白猫の姿のまま、怒り狂う華乃。
「えっと……夜、寒かった?」
「彼奴等、脳味噌に藁屑が詰まっているんじゃないですかっっ!!」
春先の朝は冷える。
しかも、石造りの円塔の最上階ともなれば……とても寒かったのである。
「まあ、ね……最初の夜はとても驚いたけど、理由を考えれば納得だったし……。
次の日からは、温石代わりに火鉢で熱しておいた石を集めて布に巻いたり……。
工夫はしてたから……何とか、ね……」
「風邪をひきますよ?!
人間には毛皮が無いから、すぐに身体が冷えちゃうっていうのに!
それに! 雌は身体を冷やさない方が良いんですよっっ!!」
ふぎゃあぁぁっっ!!と怒り狂う華乃を優しく抱き上げ、美しい毛並みを撫でる。
「昨日の夜は、華乃ちゃんが居てくれたから……とても暖かくて助かっちゃった。」
寝台の中で丸くなって眠った明葵と華乃。
「本当に、ありがとう」
「うぅ……明葵さまぁ」
喉を鳴らしながら擦り寄る華乃を、明葵は幸せそうに撫でる。
「(……本当に、私は幸せ者だわ。
華乃ちゃんだけじゃなくて、龍理さまや鬼星さまが側にいてくださる。
それに……鬼星さまがお風呂を貸してくれるから、すごく有難いもの……!)」
霊山にいた頃は、毎日のように入っていた風呂。
汗や泥で汚れないとはいえ、やはり気持ちは悪かった。
「失礼するよ」
そんなことをツラツラと考えていれば、いつものように現れる凛と彰玄。
「おはようございます」
挨拶を交わす人間たちを尻目に、明葵の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らす華乃。
明葵に甘えて寛いでいた華乃の背後から視線を感じた。
「…………」
「…………」
扉の近くに立つ大きい方の人間の雄と目が合った。
「……はんっ」
「…………」
秒で鼻で嗤ってやる。
こんな女心も分からない上に、女の扱いもなってない穆念慈を。
華乃の大切な明葵の番候補にだって、認めてやるものかっ!
「…………」
「……み゛ぃぃぃっっ!」
先に視線を逸らした方が負けとばかりに睨み合う一人と一匹。
「華乃ちゃん……?」
「彰玄様、何をやっているんですか?」
火花を散らす彰玄と華乃に明葵は戸惑い、凛は呆れた表情を浮かべる。
「……何でもない。」
「みゃん!」
見せびらかすように、華乃は明葵の腕に尻尾を絡ませ擦り寄る。
「…………」
面白くなさそうに、彰玄は眉を寄せる。
「……彰玄様、猫ですよ」
「…………わかっている」
呆れ混じりの凛の声音に、拗ねたような低い声で彰玄は答えた。
「明葵嬢、腕の軟膏を塗りましょう」
「はい」
ため息交じりの凛の言葉に、明葵が素直に頷いて腕を出す。
「彰玄様。
医務官へ痣の状態を伝えましたら、治癒がだいぶ進んでいますので薬効を調整したとのことです」
「そうか」
凛から差し出された小さな木箱。
「どうぞ」
木箱の中から取り出した軟膏の容器を、凛が彰玄へ手渡した。
「…………」
いつものように。
彰玄も、凛も、容器の蓋を開け、色や匂いに違和感を覚えることは無かったが……
「ふっしゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
明葵の膝の上で微睡んでいた華乃が全身の毛を逆立てて反応した。
「えっ……え、華乃ちゃん?」
「ふっっぎゃぁぁぁぁっっ!!!」
凄まじい拒絶。
普段は穏やかで人懐っこい華乃が見せた、初めての凄まじい唸り声。
「……彰玄様。
あの猫に何かしましたか?
彰玄様に対して、凄まじい拒絶反応なんですが?」
「…………何もしていない」
頬を引き攣らせた凛の問い掛けに、彰玄は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「あー……明葵嬢。
悪いんだけど、軟膏が塗り終わるまで……その猫を預かっててもいいかな?」
「……はい……」
明葵の膝の上で毛を逆立てて怒り狂う華乃を、凛が無理矢理に抱き上げる。
「ち゛ょっ?!
暴れなっっ、い゛っでぇぇぇ!!」
明葵から無理矢理に引き離された華乃が、更に怒り狂って凛を引っ掻きまくる。
「…………早めに、終わらせる」
あまりの猫の暴れように、彰玄も早めに処置を終わらせることを宣言した。
「……お願いします……」
……何かが、引っ掛かる。
ジッと彰玄の手を見詰める。
「(……昨日の夜、王弟殿下が軟膏を塗るときには華乃ちゃんは暴れなかった。)」
凛の腕の中で、狂ったように暴れる華乃。
「(昨夜と今朝……何が、違う?)」
明葵の視界に、軟膏を掬う彰玄の指先が映る。
『薬効を調整した』
『華乃が怒り出したのは、何時?』
『人間には色や匂いに違和感は無い』
「(……猫……人間……っ?!)」
目を見開く。
産毛が逆立つ。
幾つもの可能性が繋がり、一つの可能性が明葵の頭に浮かんだ。
「っっ……!」
急に目つきを鋭くした明葵が、彰玄の腕を掴んだのだった。




