第十九話
死を覚悟した明葵の微笑み。
「……なぁ……明葵よ」
一瞬。
ほんの一瞬だけ表情がなくなった龍理だったが、すぐにニヤリと含みのある笑顔を浮かべる。
「悔しいとは、思わないか?」
「え……龍理さま?
あの、悔しいとは……?」
戸惑った明葵の声。
「なに、安全の確保は既になった。
つまり、今後は我らの配下にも命じて、この鳥籠を中心に監視の目を光らせよう。」
喉の奥で愉しげに低く笑う。
「もし、愛しき子とその一族に害をなそうと企んだ瞬間に知らせを走らせようぞ。
そうすれば、そなたの家族はすぐに旅立つことが出来る。」
「あら……つまり、人質は意味を失い、安全を確保できている以上は好きに振る舞えばよいと?」
「そうだ。
更に、この妖猫族の娘が側に控えていれば、愛し子の身の安全も保てる。
ゆえに、この鳥籠の中にある愛し子の好きそうな玩具の数々で好きに遊べばよい。」
精々、愛し子を悲しませた人間どもの度肝を抜き。
散々に振り回してやれ。
「愛し子よ、人質の鎖は外れたのだ。」
人質の鎖を外した今、何を我慢する必要がある?
「っ……」
明葵が目を見開く。
「そなたが我慢する理由も、譲ってやる必要も有りはしない。」
「龍理さま……私はっ……!」
瞳に炎が灯る。
「龍理さま、霊山に過ごすように……私は、私らしく振る舞っても、良いのでしょうか……?」
「良いに決まっている。
例え、人間どもが認めずとも……」
愛しい、愛しい子。
幼い頃から見守り続けた愛し子の好奇心に満ちた……龍理の愛する輝く瞳。
「我が、龍神としての名の下に認めようぞ。」
人として生きる愛しい子。
「うふふ……可愛い妾の愛しい子。
妾も配下を潜ませておくわ。」
龍理に続くように、鬼星もうっそりと微笑む。
「小さな小鬼を控えさせて置くから、その者に力仕事は任せると良いわね。
人間が愛し子の血筋を傷付けようと馬を出そうとすれば足止めできるわ……」
そう……白一族の屋敷に向かう馬の足をすべて先に食べてしまえば良い。
馬の足と言わず、騎乗した人間ごと喰らってやる。
「……だからね、愛しい子。
可愛い妾の明葵。
貴女は貴女らしく、妾の名の下に遊びなさいな。」
「鬼星さま……!」
慈しむ心に満ちた優しい微笑み。
「龍理さま、鬼星さま……!
お二人とも、ありがとうございます!」
深々と頭を下げる。
「私、振り回せるか分かりませんけれど……」
明葵だって……本当は、悔しかった。
勝手に明葵の価値を決めつけて。
守ると言いながら明葵の気持ちを無視して、自由を奪われた。
「私……私は、私らしく!
大人しく振る舞うなんて、私らしくないことはやめます!」
綺羅綺羅と輝く好奇心に溢れた瞳。
「それに……人質を取られていないならば、逆に権力者を観察する絶好の機会です。
彼らの人となりを知れば、飢えと渇きに苦しむ人々のために何かを成せるかもしれません……!」
中級貴族である白家の力だけでは、救えない命もある。
「すぐさまに、すべてが良くなることは無いでしょう。」
取り零してしまう命だって……きっと、ある。
「それでも……少しでも、西王母さまにご教授頂いた……この知識が役に立つならば……!」
情けは人の為ならず。
明葵は綺麗な人間じゃない。
打算だってある。
好奇心が先に動くことだってある。
「私は私らしく、頑張ります……!」
「明葵さま!
微力ですが、私もお側で明葵さまをお守りします!」
「華乃ちゃん、ありがとう!
でも、危ないときはちゃんと逃げてね?」
「はい!
明葵さまごと、彼奴等の顔を引っ掻きまくって逃げちゃいましょうね!」
明るく華やかな笑顔が鳥籠の中に満ちる。
希望に満ちた笑顔を浮かべる明葵の顔には、数瞬前の死の覚悟など欠片も見当たらなかった。
「…………良きかな。」
「……仕事は残っていてよ?」
「ふふ……少しばかり、忠告をしておこう。」
明葵の意識が華乃へと逸れている。
決して愛し子には見せぬ酷薄な笑みを浮かべ、二人の神は口角を上げるのだった。
明葵が決意を新たにしていた頃。
皇帝の自室には沈黙が広がっていた。
「……何が起こっている?」
眉を寄せた黎陽が疑問の声を上げる。
「……神隠しのように、跡形も無く人が消え去り、雲のない天より雷が落ちているよう、です……が……」
皇帝の自室には、部屋の持ち主である黎陽。
そして、彰玄と凛の姿があった。
「……状況としましては、軒車の中などで移動中の貴族が一瞬で消えてしまう。
そして、幾ら探し回ろうとも本人は見付からない。
数日後に、消えた貴族の自室に血の付いた衣だけがいつの間にか落ちている。」
自分で報告しながらも、意味が分からないと顔に書いている凛。
「雷に関しては、晴天にも関わらず突然雷鳴が轟き、落ちてくる。
しかも、屋敷の主に必中するようで……黒焦げの死体となって発見されています。」
人間の仕業じゃない。
凛の顔には、ありありとそう書かれていた。
「……前者に関しては、誘拐の可能性もあるが……何故、何も要求することなく殺す?」
犯人の目的が分からず眉を寄せる彰玄。
「……誘拐にしては不可解すぎる。
少なくとも、犬猫を懐に隠して運ぶ訳では無いのだぞ?
姿を消した貴族の中には、脂肪の塊もいた。
そんな物を御者の目を盗んで一瞬で持ち運ぶなど、お前以上の大男だぞ?」
「御者を含め、犯人と繋がっている可能性があると考えたが……共通性が無い。
しかも、消えた貴族の自室に衣が届けられると聞き、自室の周りを固めていたが…………」
その貴族の屋敷に仕える使用人や警備の兵達。
消えた主の部屋の周りを囲い、数日間鼠一匹はいる隙間がないように警備していた。
しかし、犯人は一向に現れず、主の自室を確認すれば嘲笑うかのように置かれた主の血の付いた衣。
「……神隠しのような失踪に、天罰のような雷……我が身が可愛い宮廷雀共が喧しい」
ため息交じりの黎陽の言葉。
次は誰が神隠しされ、雷が落ちてくるのか?
王城内は、その話題と恐怖が蔓延していた。
「…………あの、彰玄様」
「なんだ?」
「一つだけ……ずっと気になっている共通点が有るんです」
おずおずと。
気が進まない雰囲気で、凛が呟く。
「何?」
「凛、私が許す。
言ってみろ。」
黎陽と彰玄の視線が凛に集まる。
「勘違いかもしれませんけど…………明葵嬢に対して、悪意を持って蔑んだ輩ばかり……だなぁ、と……」
「「………………」」
言いにくそうな凛の言葉に、黎陽と彰玄の脳裏に一つの噂が浮かぶ。
『縁談相手の家に雷が落ちた』
『あの娘を害そうとした輩の屋敷に雷が落ちたことも……真実だとお伝えしておきます。』
まさか、な……と黎陽の背中に冷たい汗が流れ落ちる。
「……現実的では、無い……」
たが、偶然と割り切るには……難しい。
答えは出ない。
人間の常識という枠の中で考える三人には沈黙するしか無かったのである。
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