第十八話
明葵が王城内に留め置かれて、数日。
「……本当に、毎日来るなんて……」
明葵の腕に軟膏を塗ったあの日から、宣言通りに朝と晩に来るようになった彰玄。
「(……大将軍って……暇なの……?)」
こんな女、放っとけば良いのに……と首を傾げずには居られない。
「……でも、痣の熱が引いたのは助かったかも……」
まだ痛みは残っている。
だが、熱と腫れは引き、痛みも和らいでいた。
「…………そろそろ……塔の中の探索も終わりそうだし。
次は、何をしようかしら……?」
数日かけて、円塔の中を探索していた明葵。
思った以上に広い円塔の内部。
昔の瑞華国の記録や天文台で使われていたであろう年代物の壊れた部品などが山のようにあった。
「……何から始めようかしら……?」
彰玄達の怒りを買わない程度に出来ること。
明葵は頭を悩ませる。
「……ん?」
その時、出窓の一つから何やら物音が聞こえてきた。
「…………え……?」
不思議に思って音がする方へと歩み寄り、格子越しに外を伺えば……
「みゃあ……みゃっ!」
「華乃ちゃんっ?!」
窓を引っ掻く真っ白毛並みに、玉のような翡翠の瞳の美しい猫。
急いで窓を開ければ、飛び込んで来た白猫。
「明葵さまぁぁぁっっ!!」
ぼふんっと音を立てて、人間の姿になった華乃が明葵に抱きつく。
「華乃ちゃんっ……かの、ちゃん……!」
まさか会えるとは思っていなかった明葵の顔が歪む。
「明葵さまぁぁ……会いに来るのが遅くなってごめんなさいっ……!」
「そんなことないっ……!
私……わたし、は……華乃ちゃんに、会えただけで…………!」
言葉にならない。
もう二度と……家族だけでなく、霊山にいる人ならざる者達と会えないと覚悟していた明葵。
「……ごめっ……ごめんね……私、もう…………れい、ざ……に、かえれな……」
感情が昂り、喉が狭くなる。
出しにくい声を無理矢理に引き出す。
「明葵さま、明葵さまっ!
どうか、悲しまないでください!」
華乃は涙を耐えて震える明葵の体を、ぎゅうっと抱き締める。
「私が愛しの明葵さまのお側に侍るのが遅くなっちゃったのには、理由が有ります!」
明葵を安心させるように微笑んだ華乃は、ごそごそと胸元から手紙を取り出す。
「桐峻から頼まれて、明葵さまの家族からの手紙を預かってきました!」
「っ……お父様達からの……?!」
笑顔の華乃が差し出した手紙を震える手で受け取り、まごつきながら広げる。
「…………お父様達は、ご健勝なのね……。
いつでも国外に旅立てる準備は整っているって……!」
良かった……!と手紙がシワになるのも構わずに抱き締め、明葵はやっと涙を流した。
「明葵さま、ごめんなさい……。
本当は、すぐにでも明葵さまの元に来たかったんですけど……。
桐峻達から王家の出方を確認して、お互いの安全を確保してからが良いと止められていたんです」
その時のことを思い出したのか、華乃は不満そうに唇を尖らせる。
「そんなこと、ないの……!
私は……お父様達が無事なら、それだけで……!」
言葉にならない。
安堵が胸の中に広がっていく。
「……明葵さま、此処は人間にとっては鳥籠かもしれません」
「…………華乃、ちゃん?」
まるで悪戯を企む猫のように。
「でも!
私達、妖にとっては……なぁんの問題も無いんですよ!」
にゃはーん!
そんな明るい声が響きそうな華乃の笑顔。
「ふむ……古い天文台か。
なかなか趣のある住処だな。
夜は星を眺めながら、酒を傾けるのも一興か。」
空間に波紋が広がるように。
揺らめいたかと思えば、鏡を通り抜けるように龍理が現れる。
「あらぁ……思ったより、狭苦しいのねえ……。
天井を壊して吹き抜けにしたらダメかしら……?」
明葵の顔の横を黒揚羽が通り抜け、一羽二羽と増えていく。
たくさんの黒揚羽が集まったかと思えば、艶やかな鬼星の姿を形どった。
「龍理さまっ!鬼星さまっっ!!」
明葵の大好きな二人。
思わず、明葵は二人へと駆け寄る。
「りゅ、りさま……き、せいさま……っ……」
幼い頃から。
それこそ、明葵が物心ついた頃から側にいてくれた龍理と鬼星。
母のように、姉のように。
家族同然に側にいて、慈しんでくれた二人の姿に明葵の心が温かくなる。
「明葵よ、すぐに会いに来れなくてすまなかったな」
「……妾達も、すぐに駆け付けたかったのだけど…………色々と準備していたら、遅くなってしまったの」
泣きそうな明葵の頭や頬を撫でる。
「良いのです……!
私はっ二度と会えないと思っていた龍理さまと鬼星さまにお会いできただけで……それだけで、安堵しました……!」
泣きそうで、泣かない。
「……私は、幸せです……!」
不安に揺れていた瞳に、龍理や鬼星、華乃の姿を映して明葵は美しく微笑む。
「もう……思い残すことは有りません……。
お父様達も、他国へ旅立つ準備が整いました。
そして、私も二度と会えないと思っていた龍理さま、鬼星さま、華乃ちゃんにもう一度会えた……」
一度、言葉を切る。
瞳を伏せて、暖かくなった心を抱き締め微笑みを深くする。
「……これで……いつ、死ぬことになっても後悔しなくてすみます……」
もう、明葵のやるべきことは終わった。
あとは、もう……華乃に家族への最後の言葉を届けてもらえれば…………。
「…………私、は……もう……」
明葵は、死を覚悟した者特有の……透明な微笑みを浮かべる。
……その笑みは、人外の者たちからもほんの一瞬だけ…………表情を奪ってしまうのだった。




