第十七話
明葵の部屋から退室した凛。
「……お待たせしました、彰玄様」
扉のすぐ横で壁に背を預け立っていた彰玄へ凛が一礼する。
「…………行くぞ」
憮然とした表情の彰玄が、さっさと螺旋階段を降りて行く。
「…………」
「…………彰玄様」
凛の前を歩く彰玄の背中。
その背中が、微妙に拗ねているような……?
「…………何故、お前には笑う?」
階段の途中で、唐突に足を止めた彰玄がボソリと呟く。
「……お前と俺……何が違う?」
明葵と出会った時も、会った回数も同じ。
たが、彰玄には微笑まない明葵が、凛には微笑んだ。
「…………生まれ持った立場や背負う責任が違います。」
「…………俺は、気にせぬ」
「立場が下の者は……出会って一月も経たぬ明葵嬢には酷な話かと。」
駄々っ子か?!
まるでお気に入りの玩具を取られた子供のような……。
「……少なくとも、軟膏を塗るという来訪する口実は有るのですから」
胃が痛い。
普段は冷徹なまでに合理的に動く大将軍が、女一人の言動に振り回されるなど…………前代未聞だ。
「……まあ……これ以上、下がりようがないくらいに信頼度は下がりまくってますし……」
「っ……」
「彰玄様。
オレや部下の男なら良いですけど、明葵嬢は女性ですからね。
言葉が足りない無愛想で無表情な大男なんて怖いだけです」
「……俺は……怖くない……」
顔には出ないくせに、雰囲気だけで落ち込んでいる彰玄。
「(…………本当に、困った御方だ。)」
凛は苦笑してしまう。
本人が自覚をしているのか、していないのか?
「(……自覚、してなさそうなんだよなぁ……)」
恐らく、本人も育ちつつある明葵への執着心や独占欲は理解していないのだろう。
「…………無自覚に、うっかりと壊さないでくださいよ……」
ため息交じりに漏れ出た言葉。
「…………凛?」
「いえ……何でもありません」
訝しげな表情の上司であり、幼馴染に苦笑する。
「早く、暖かい春になると良いですね」
「…………そうか」
不思議そうに同意する彰玄に、凛は困ったように笑うのだった。
王城内の一角。
誰に呼び止められること無く歩き回る小柄な男。
簡素な下男の服を着た小柄な男は、仕事を請け負いながら王城内の北翼に聳え立つ円塔を見上げる。
「…………」
災いを呼ぶ花。
その花を扱う者は……全て胸を押さえて死に絶える。
だが、男の一族は門外不出の秘儀とも言える御業を数多の屍の上に伝え続けていた。
「…………」
笹のような葉を持つ、白い花。
その花の毒性を最大限に引き出し、他の毒薬も混ぜ合わせた一族の秘伝。
『王弟が囲った女を殺せ』
大金を積んだ貴族の依頼。
「(……女のいる場所は……把握した、が……)」
場所が悪すぎる。
女の居る北翼の廃墟にある円塔。
そこは、大将軍である王弟の住処の目と鼻の先。
「(……警備も……厳重すぎる……)」
チラリと見回しただけでも、近衛と覚しき兵達が一重二重に厳重な警護を強いている。
更に言うならば、王家の影も何処かに潜んでいる可能性も有る。
下男のふりをしていても、近付いただけで怪しまれるだろう。
「(……女の居る円塔に入ることが出来るのは、王弟と副官のみ。)」
人の良い笑みを浮かべながら、遠くに見える円塔を見上げて小柄な男は考える。
「(機を待てば、綻びも出来るだろうが……)」
思い浮かぶのは、一刻も早く殺せとせっつく依頼主。
万が一にでも、王弟が女に子を身ごもらせたら困るのだろう。
「(……あの女を殺した所で、あの輩の娘が王弟に見初められるとは到底思わんが……)」
怪しまれない程度に周囲を伺い、情報を集め続ける。
「…………!」
そんな小柄な男の視界に、遠くの円塔より出て来た王弟と副官の姿が映る。
「…………」
怪しまれないように、下男として振る舞う小柄な男。
「(……何故、医局に……)」
医局の窓の下に座り、手拭いで顔を拭きながら休むフリをする。
「……痣が熱を持っていたそうだ……」
「軟膏の成分を調整するようにと……」
「王弟殿下ではなく……」
「……女が……」
途切れ途切れでは有るが、聞こえた医官共の声。
「(……女に使う……軟膏、か……)」
男は静かにほくそ笑む。
どうやら……突破口が転がり込んできたようだ。
「(……あとは、出来るだけ時間を掛けて、より情報を集め……医官共とも顔見知りに……)」
呪われた白い花。
人を呪わば穴二つ。
……それは、小柄な男も例外では無いのだ。
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