第十六話
赤黒い痣を彰玄と凛の前に晒し。
その腕を凛に優しく掴まれた明葵。
「……良いですか、彰玄様。
優しく、優しくですよっ!
それこそ、産まれたての赤子に触れるように軟膏を塗って下さい」
「分かった。」
「明葵嬢、痛いときは痛いと言っていい。
オレに対してならば、女の弱い力で思わず殴ったくらいで怒りはしないから。」
初めての作業に覚束ない彰玄の仕草に不安を覚えつつ。
凛は心配させないように、全身を強張らせた明葵に微笑む。
「…………あの……」
「何かな?」
「……王弟殿下の手を煩わせなくとも、軟膏を塗るくらい自分で出来ますので……捨て置いて……」
「断る。
俺がやったことの責任は取る。」
「………………ありがとうございます……」
軟膏だけくれて、捨て置いてくれた方が嬉しいとは言えない……。
「(…………何で、わざわざ王弟殿下自ら軟膏を塗りたいなどと……?)」
彰玄の意図がわからない。
鳥籠に収めた女に優しくして何になる?
……やはり、懐柔策か?
もしも懐柔策ならば……それに乗ったフリをして、叡智の海の中に致命的な毒を一滴混ぜる。
…………でも、それで何の関係もない人が苦しむのは嫌だ……。
「(…………どうせ、殺すなら……優しくしないでほしい……)」
優しい人かもしれない、と信じて手を差し出した瞬間に……殺されるなんて、悲しすぎる……。
「……痛まないか?」
「…………問題、ありません。
王弟殿下の手を煩わせて、申し訳ありませんでした」
「…………」
彰玄は、痛みを与えることなく軟膏を塗れたことに安堵する。
だが、明らかに警戒している明葵の様子に心が微かに痛む。
「白 明葵」
「……はい」
「朝晩、必ず来る」
「…………え?」
頬が引き攣りそうになる。
「お忙しい、王弟殿下に……そのような……」
「来る」
「…………」
「………………霊山の時のように、何故返さない?」
真っ直ぐに明葵を見詰める彰玄。
「……あの時は、愚かにも王弟殿下とは露にもおも……」
「関係ない。
俺は、そのようなことをお前に求めていない。」
「………………」
駄々っ子か……?!
困る。
明葵は困り果てて視線を彷徨わせば、凛と目が合う。
「………………彰玄様、明葵嬢が困っていますよ」
「……また、来る」
ふらりと立ち上がり、扉へと向かう彰玄に凛は苦笑する。
「明葵嬢、何か希望はあるか?
……服も昨日と同じようだし……準備していた物は大きさが合わなかったか?」
「……いえ、そのようなことは……。
あまりにも高価な品物だったので……」
「…………もう少し、簡素なものを手配する。
昼食を運ぶ時までには、準備できると思う。」
「ありがとうございます……!」
この人、すごい……!
気遣いの人だ……!
明葵は感動する。
彰玄の味方とはいえ、話が通じるだけでも有難い……!
「他には?」
「……あ、あの……えっと……」
「何でもいいよ。
困っていることがあるなら、言って貰える方が助かるから。」
柔らかな微笑みに背中を押されるように、少しだけ逡巡した後に明葵は口を開いた。
「食事の量が多過ぎるのと、豪華すぎて……胃が気持ち悪いです……」
「え……食べれない分は残せば…………うん、量を少なくして、内容を変えてみようか?」
「っ……よろしくお願いします……!」
本当に話が通じる……!
「明葵嬢に確認してからと思っていたんだけど、君は侍女とかを配置するのは嫌かな?
出来るだけ優秀な娘を宛行うつもりでは有るんだけど……」
「……どうしても必要ならば、私に拒否権はありません。
でも……我儘を許して頂けるのならば、己のことは己で出来ますし、掃除なども致しますから……」
見張り役が四六時中一緒では……苦し過ぎる。
「拒否して良いんだよ。
掃除とか、着替えとかに、手伝いが必要かと思っただけだからね」
「ありがとうございます……!」
……なんだろう……この人、良い人過ぎて困る……!
「明葵嬢、陛下は直ぐ様に君に何かを求めるつもりはないらしい。
だから、まずは……まあ、色々と思う所は有るかもしれないが、この場所に慣れることから初めてくれるかな?
……特に、君に課せられる物は無いからね。」
「え…………詰問とか、責め立てたりとか、何もないのですか……?」
「無いよっ!
国を救う知恵を見せてくれただけの女性に、陛下も、彰玄様も、そんなことはしないよ!」
「………………」
困惑が心に広がる。
ならば何故……騙し討ちをするように、この鳥籠に閉じ込めたのか?
「あー……彰玄様は、誤解されやすい……けど、悪い人ではない、かな?
女性の扱いが壊滅的に下手糞だけど……さ。」
言葉を選ぶように、凛は困惑を宿す明葵へと向き合う。
「……明葵嬢自身が思っている以上に、君が見せた叡智はすごいんだよ。
悪い輩に利用されれば、国は滅茶苦茶になる。
……だからこそ、明葵嬢を、白一族を保護すると陛下や彰玄様はお考えになったんだよ。」
「……私は……」
昨日まで口に出来ていた"普通"という言葉。
その言葉を、明葵はもう口にすることが出来なかった。
「まあ、さ!
時間はあるから、少しずつでも彰玄様やオレ達を知ってくれると嬉しいな!
あ、そういや……名前も名乗っていなかったね。」
華やかに、軽快に笑う青年。
「オレは、夏侯 凛。
一応さ、彰玄様の副官兼護衛かな?
気軽に夏侯さんでも、副ちゃんでも、好きに呼んでね。」
「ふっ…ふふ……変な方ですね……」
思わず笑ってしまった明葵。
「うんうん、やっぱり女性は笑顔の方が似合うよ。」
明葵の心を慮って、わざと明るく振る舞ってくれているのだろう。
「……夏侯様、ありがとうございます」
少しだけ……ほんの少しだけ、明葵の心に光が射すのだった。
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