第十五話
出窓から朝日が入り込む。
「……一寸も……できなかった……」
出窓に寄りかかり、徹夜明けの目に染みる朝日に目を細める。
「…………胃が……重い……」
明葵なりに大人しく鳥籠の中で過ごす覚悟を決めた後……。
「…………気持ち、悪い……」
夕食だと凛から渡された御膳。
所狭しと並べられた絢爛豪華な食事。
「……さすがに、朝ごはんは……うぅ……」
泣きたくなる。
「(……腕は痛いし、腫れちゃったし…………ついてないなぁ……)」
ズキズキと痛む腕を擦ろうとして……
「い゛っ……」
微かに触れただけで、激痛が走る。
「……痛い、し……吐きそうだし……」
まさかとは思うが…………痛みに加え、食事で太らせて、明葵の動きを鈍らせ、最後は…………っ!
「……鍋になるのは、嫌だ……!」
食べれなければ、残せば良いのかもしれない。
だが、食べることにも困る人々がいると知っているのに…………そんな勿体ない真似は出来なかった。
「鍋が、どうした?」
「み゛っ?!」
聞こえないはずの低い声。
「……お前のそれは、鳴き声か?」
「っ……おっ、王弟殿下……」
言葉通り、全身でビクリと跳ねる。
跳ねた拍子に腕がズキンっと痛むが……弱みなど、見せるものか。
「(……朝日が昇ったばかりなのに……わざわざ長い螺旋階段を登って会いに来る理由は……何?)」
慌てて出窓から降り、平伏する。
「ご来訪にも気が付かず、失礼しました……!」
明葵を甚振るために来たのか?
……いや、王弟殿下は合理的な武人と桐兄さまが言っていた。
そんな男が、明葵を甚振るためだけに現れるはずが無い。
「……頭を上げろ。
この部屋の中にある限りは、一々平伏するな。」
「……はい……申し訳ありません……」
鬱陶しい、ということだろうか?
「…………」
無言。
何故か、ジッと明葵を見詰める彰玄。
「(……何故……無言で見つめるのかしら……?)」
まさか……渾天儀をバラバラにしようと思ったことがバレた?!
「……腕を見せろ」
「…………え?」
「俺が昨日、掴んだ腕を見せろ」
「っ……何故……」
思わず服の上から腕を押さえる。
「見せられない理由でもあるのか?」
「い、え……」
逡巡する。
弱みは見せたくない。
いや……もしかして、腕の怪我の状態を確認して、見せしめに折るつもりか?
左手でも、腕が使えなくなるのは……作業がやりにくくなるから困る……!
「……下賤な我が身を晒すなど、尊き王弟殿下のお目汚しになります……」
「そんなことは聞いていない。
自分で見せれぬと言うなら、俺が手伝ってやる。」
「えっ……待ってく………ぅっ……い゛っだ…………っ……」
「っ……?!」
昨日、彰玄に掴まれた場所。
寸分の狂いもない同じ場所を躊躇いなく掴まれ、激痛が走る。
「つ、ぅ……ぁ……」
思わず顔を顰め、小さな悲鳴が漏れる。
「っ……彰玄様っ!」
後ろに控えていた凛が、堪らず彰玄の名を呼ぶ。
「悪い、明葵嬢。
袖を捲くるぞ……!」
「やめ……へ、いきですから、どうか……捨て置いてください、ませ……」
あまりの痛みに、明葵の額に汗がにじむ。
「触れただけで痛むくせに何を言ってる!
大体っ! 熱を持ったまま放置すれば悪化するって!
賢いアンタならわかるだろうっっ!!」
「っ……で、も……」
有無を言わさず。
しかし、傷を気遣って捲くられた明葵の袖。
「っ……酷いな……」
「…………」
彰玄も、凛も、息を呑む。
現れたのは、白く細い腕にくっきりと五本の指の跡が刻まれた赤黒い痣。
「(…………俺が、やったのか……)」
傷付けないと、守ると言いながら…………弱い女の身に、こんな凄惨な跡をつけたと言うのか?
「(……この女は……こんな酷い跡になるような痛みに耐えながら……)」
命乞いをし、家族を守るための賭けを持ち出した明葵。
「…………すまなかった……」
迷子の子供のような。
不安と困惑に揺れる瞳。
素直に零れ落ちた謝罪の言葉。
「…………え……?」
弱みを見せたことに、焦燥感に駆られていた明葵が目を瞬かせる。
「……こんなにも……簡単に、痣になるとは思っていなかった。
守るなどと言いながら、傷付けては信頼を得るどころでは無いな。」
「(…………これ、は……私を取り込むための、演技……?
いえ、でも……どういう、つもりなのかしら……?)」
自嘲の笑みを浮かべる彰玄に、明葵は戸惑う。
「白 明葵、許して欲しい。」
頭を下げ、明葵に許しを請う彰玄。
…………頭を、下げて?
「…………え゛……えぇっっ?!」
明葵は、王族の御前であることも忘れ、驚いて叫んでしまう。
「えっえっ……ちょ、演技でも、駄目ですよ!
わっ、私なんかに頭を下げないでください!
そんなことをして、後でやっぱり"この俺様に頭を下げさせるなど万死に値する!"なんて言われて殺されるのは困ります!
私の腕如きにお偉い王族様が頭を下げるなんて、へそが茶を沸かすと後ろ指を指されて笑われますっ!」
「……演技ではない。」
わたわたと挙動不審な明葵の言葉。
そこはかとなく、明葵の心情が素直に表れていて彰玄は少しだけ落ち込む。
「(…………まったく……信頼されていない……)」
それどころか、彰玄が明葵を殺すことを当然と受け止められている。
その事実に、彰玄は衝撃を受けたのだった。
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