第53話「北へ出すのは、これで縛るもんだよ」
一度気づいてしまうと、そこらじゅうに出てくる。
継ぎ場へ入って、まだ荷も下ろさないうちに、三つ目を見た。掛け布の端を留めてあるのが一つ。柵に縛りつけてある桶の吊り手が一つ。それから、走っていった子供の腰のところに垂れていたのが一つ。
どれも黄色と白だった。二本撚りで、白のほうが細い。あの店の揺れない線が消えた晩に、通りへ入ってきた一台も、この紐で荷を縛っていた。あの火が何だったのかを確かめる手がかりは、いまのところ、その一台しかない。
こういうものの見え方は、水で薄めた汁に似ている。無いと思っていたあいだは一滴も見えないのに、入っていると分かったとたん、どの椀にも入っている。見えるようになった側に、何かが増えたわけではない。
継ぎ場は、これまで通ってきたどこよりも広かった。
車を入れる小屋が三つ並んでいて、その手前が積み替えの場になっている。地面が踏み固められていて、轍が交差したところだけ、土の色が違う。
働いている者の数が多い。多いのは、ここから先で道が分かれるからだと聞いた。分かれる場所の手前では、荷を組み替える必要が出る。
荷を下ろす側と、積む側が、同じ場所で交差している。下ろした荷は一度地面に置かれ、組み替えてから別の車へ載る。置いてある時間はそう長くない。長く置く場所が無いからだ。
積み替えのあいだ、荷はどれも一度ほどかれる。ほどかれた紐は、脇の杭に掛けられて、次に使うまでそこで待っている。杭は何本も立っていて、掛かっているものの色が、遠目にも揃って見えた。
この子は、荷を下ろすなり、数えに行った。
「おばさん、七つあった。いや、八つ。桶のやつは数えていいの」
「いいよ。数えたら、そのぶん歩きな」
「歩くよ。おれ、向こうの小屋のほうも見てくる」
止めはしなかった。ここは人が多いので、この子が一人で歩いていても目立たずに済む。
こちらは、脚のせいで動きが遅い。遅いぶん、座って見ているほうを引き受けた。
積み替えの場は、朝から順に手が空く。空いた手が縄を掛けに回る。掛ける役は決まっていて、車の台数のわりに少ない。
こちらの座っているところからは、小屋の口と、杭の列と、道の出口が一度に見えた。出ていく車は、必ず一度ここで止まる。止まって、掛け直して、それから出る。
掛け直すのは、道が変わるからだ。ここまでの道と、ここから先の道では、揺れ方が違うらしい。揺れ方が違えば、締める場所も変わる。
その一人に、水をもらうついでに声をかけた。
「その紐は、どこで買うんだい」
「買わないよ。ここで撚ってる」
「誰が」
「裏に撚り場があるさ。年寄りが二人。冬までは車も少ないから、そのあいだに溜める」
男は、そう言って手元を締めた。締めた手つきは、湧きのところで見たのと同じ回し方だった。この道で縄を扱う者は、どこでも同じ回し方を仕込まれるらしい。
「色は、どうして決まってるんだい」
「決まってるっていうか、そういうもんさ。北へ出すのは、これで縛るもんだよ」
それから男は、次の車のほうへ行った。
昼過ぎに、裏の撚り場を見に行った。
小屋というより、屋根だけの場所だ。柱が四本立っていて、そこへ横木を渡して、麻を掛けてある。掛かっている麻は、白いのと、染めたのと、二色に分けてあった。
年寄りが一人、座って撚っていた。もう一人は見えない。冬までは二人いれば足りるのだろう。
撚り方は、二本を膝の上で合わせて、掌で押して回している。見ていると単純な動きだが、単純な動きほど、真似すると同じにならない。
「黄色は、何で染めるんだい」
「これは、山でとる。根っこだよ。白は染めない」
「なんで二色にするんだい」
「さあね。あたしが来たときから、こうだった」
年寄りの手は、そのあいだも止まらない。
撚り上がったものは、腕へ巻いて束にして、屋根の下の梁へ掛けてある。掛かっている数を見れば、冬までにどれだけ要るかが分かる。数えはしなかった。
日の傾いたころに、この子が帰ってきた。帰るなり、指で数えたぶんを並べる。十を超えたあたりで、数えるのをやめたらしい。
「十二までは覚えてる。そのあとは、もう見るのやめた」
「多かったかい」
「多いよ。多いっていうか、ここのは、みんなこれなんだ。ほかのが無いんだよ」
そこまで言って、この子は考え込む顔をした。
「おばさん。町で見たのは、一台だけだったよね」
「一台だけだったね」
「じゃあ、あれは、ここから行ったんだ」
筋としては、そうなる。そうなるが、そこから先が無い。ここから出る荷は、一つ残らずこの紐で縛られている。縛って出す先が、川の南の町とは限らない。限らないどころか、あの町へ行くのは、ここを出た荷のうちのどれか一つだ。
どれか一つを指せる者は、この継ぎ場にはいない。いないまま、荷は毎日出ていく。
夕飯のころに、外が込みはじめた。
先へ出た車が、戻ってきている。この継ぎ場の北側にも下りが一つあって、そこを下りきれなかった荷だ。一台ではない。小屋の前に入りきらないので、道の脇へ寄せて、順に停めてある。
停めた連中は、腹を立てているというより、面倒くさそうだった。日が変わればどうにかなると思っている顔をしている。
「明日は人を出し合って下ろすと。昨日から、そればっかりだ。うちは出す側でね」
「昨日もやったのかい」
「やったよ。一台につき四人だ。四人で一台なら、うちの持ち場が空くのは明後日だね」
言ったのは、昼に紐のことを聞いた男だった。顔を覚えていたらしく、聞かれてもいないことを置いていく。
脇に寄せてある車は、どれも黄色と白で縛ってあった。縛ったまま、下りられずに戻ってきている。
こちらは、それを椀を持ったまま見ていた。
由来の分からないものが、この継ぎ場には掃いて捨てるほどある。それで困っている者は一人もいない。困りごとのほうは坂で起きていて、そちらの出どころだけを、こちらは承知している。
こちらが追っていたのは、あの晩に町へ入った一台の荷車だった。
その一台は、ここでは一台ではない。ここでは、出ていく荷の全部がその形をしている。
追う先が、追ったぶんだけ広がった。広がってしまったものには、手の掛けようが無い。掴むには、縁が要る。
「おばさん、明日はどっち行くの」
「その話は、明日にしよう」
この子は、それで引き下がった。引き下がりながら、荷の口を締めている。締め方が、いつもより丁寧だった。
寝る前に、脚の布を替えた。色は、昨日より濃い。濃いのは、歩いたからだ。
外で、まだ撚る音がしていた。手のひらで麻を押す音は、乾いた豆を椀の中で回すのに似ている。
掛ける者にも撚る者にも聞いて、二人とも毎日それを手にしているのに、あの紐がどこから来たのかを言える者には、まだ一人も会っていない。




