第42話「じゃあ、明日も来た順ってことで」
閉まっていると分かっている日でも、その通りは昨日と同じ時刻から埋まりはじめる。
開かないことは、来ている全員が承知している。それでも来るのは、来なければ順が消えるからだ。順は来た者の数だけ出来て、来なかった者のぶんは、どこにも残らない。
この町の朝は、どの通りも同じ順で動く。水を汲む者が先に出て、次に荷車が通って、それから店の戸が開く。戸の開かない通りが一本あっても、ほかの通りはいつもの順で動く。動いているぶん、そこだけが止まって見える。
トトは、鐘のころにはもう川べりへ出ていた。起きたのはこちらより早い。仕事が一本に減っても、出る時刻のほうは変えなかった。
「行くけど、おばさん、昼どうすんの」
「どうもしないよ」
「なんか食っときなよ。おれ、夕方まで戻れないから。倒れられると困る」
「あんたに心配されるほど落ちぶれちゃいないよ。まあ、昨日はあんたの銭で食ったけどね」
「そこを言われると弱いな」
この子は笑って出ていった。笑いながら出ていく朝は、この町へ来てから何度もある。中身は日によって違っていて、今日のは、仕事が一本に減って楽になったほうの笑い方だった。
昼前に、通りへ出た。昨日の返事を出さないまま日を落としたのはこちらで、出さなかった返事のぶん、閉まった戸の前で何が起きるのかを見ておくことにした。ほかに立つ場所も、この町には無い。
列は、昨日より長かった。昨日来た者は今日も来るし、今日はじめて要るようになった家も来る。足されるばかりで、引かれるものが無い。
通りの向こう側は、いつもどおりに動いていた。荷が着き、店が開き、人が買って出ていく。こちら側だけが座っている。同じ通りの、幅にして十歩ほどを隔てて、動く側と止まった側が並んでいた。
こういう列は、日ごとに重くなる。重くなっても、閉まっているあいだは誰も困らない。困るのは開いた日のほうで、開いた日に全員が入れることは、たぶん無い。
誰かが、順の話を始めた。言い出したのは前のほうにいた男だ。声は張っていない。それでも後ろの端まで届いた。順の話だけは、みんなが耳を開けて待っている。
「番号、明日からどうすんだ。あの子がいないんじゃ、誰がふるんだよ」
「おれは覚えてるよ。今日のぶんなら、端から言える」
「今日のぶんは今日で流れるだろ。おれが言ってんのは明日の話だ」
誰が覚えているか、という言い合いは、そのあと少し続いた。覚えている者は何人かいて、そのうち二人は、覚えている中身が食い違っていた。食い違ったところで、確かめる相手がいない。
こちらは、その輪の三歩ばかり外に立っていた。三歩というのは、話が全部聞こえて、それでも入れない距離のことだ。
誰ひとり、こちらのほうへ顔を向けなかった。意地悪でそうしているのではない。毎日この通りに立ってはいるが、こちらはここで一度も買っていない。買わない人間は、順の話の当事者ではないからだ。
番号をふるというのは、やってみれば誰にでもできる。できるが、やった者は間違えたときに責められる。だから誰も手を挙げない。あの子が引き受けられたのは、よそから来た子で、しかも銭をもらっていたからだ。もらっている者が間違えたぶんは、賃から引けばいいということになる。
番号が何をしていたかは、無くなってみるとよく分かる。あれは順を決めていたのではない。順を決めた者を決めていたのだ。決めた者がいれば、文句はその一人へ行く。いなければ、文句は隣へ行く。
結局、決まらなかった。決まらないまま、声のほうが先に小さくなった。
「じゃあ、明日も来た順ってことで」
来た順、というのは、番号がある前のやり方だ。戻したのではなく、戻るものがそれしか残っていなかった。
膝に布を掛けた女は、いつもの場所に座っていた。今日は足を投げ出していない。投げ出すだけの間が無いという座り方で、来て、すぐ帰るつもりの人の座り方だった。
「あんたんとこの子、中で働いてたろ。手は、どのくらい悪いんだい」
「十日だそうだよ。本人がそう言ってた」
「十日ね」
この人は指を二本立てて、また下ろした。数えたのだと思う。数えて、それきり何も言わなかった。
「うちはね、油にするよ。上がったのを、毎晩一合。そのぶん、菜を止める」
「もつのかい」
「もたないよ。もたないけどね、もたないなりに夜は終わる。朝が来りゃ、そこで一日ぶんの片はつくんだから」
菜を止める、というのは、汁の中身を一つ減らすという意味だ。減らすと腹は減るが、腹が減っても夜は越せる。越せないのは暗さのほうで、そこは減らせない。減らせないものを先に払って、減らせるものを後から削る。削る順としては、筋が通っている。
この人の算段は、こちらが聞く前から出来上がっていた。並ぶ人は段取りが早い。早くない人は、そもそも並ぶところまで来られない。
それから、この人はもう何も聞かなかった。
中の様子を知っている人間が、この通りに一人しかいないと分かっていても、聞くのは一度きりだ。聞きすぎれば、こちらが何かを持っていることになる。持っている人には、そのうち何か頼むことになる。頼まずに済むうちは、聞かないでおくのがいちばん安い。
昼が過ぎると、列は少しずつ短くなった。帰る者は戸のほうを見ない。明日また来る者の帰り方だ。
夕方、この子が川べりから戻ってきた。前掛けは返してきたらしく、腰のまわりが軽い。
「今日、荷が多かった。多いと賃は同じで、終わるのが遅くなるだけなんだ」
「そういうもんだよ、たいがいの仕事は」
「番号は、川べりでもふってんのかい」
「ふってるよ。あっちは荷の番号だから、人の番号よりずっと楽。荷は勝手に動かないもん。人は、こっちが見てないと前に行くから」
言ってから、この子は自分で笑った。笑われたのは人のほうだ。荷は動かず、人は動く。動く側に番号をふるのは面倒で、その面倒のぶんの銭が、この子には出ていた。
面倒を引き受ける者は、今日はいなかった。
二度目の湯で戻した干物は、形のほうは戻る。味は出ない。
この町は、この子が来る前へ戻った。戻れるものは、それくらいだ。




